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「望のやり方に、他のメンバーは当然激怒してた。嘉成なんか、メンバーじゃないのに、あいつに掴みかかったりして止めるの大変だったんだ……」
再び人の流れが動き出し、私は佑弦さんに引っ張られるようにして足を進める。
「でも、俺は何故だかそれが人ごとみたいに思えてた……」
「えっ、どういう……」
「もちろんショックはショックだったんだけど……。それは望に裏切られたからじゃなくて、あいつの目指しているものが変わってきてたのに、それに全く気がつかなかったからなんだ」
手首を掴まれている指先にきゅっと力が入る。
私はそれを握り返してあげたいけれど、強く掴まれている手では何もしてあげられない……。
そして、何を言ってあげればいいのかもわからないのだ。
「『KIHOU』としての望も『NOZOMU』も、多分どっちも元々あいつの中にあったものなんだと思う。けど、いつの間にかその比重が変わってきた……」
望さんの一番近くにいて、おそらくアーティストとしての彼を一番理解していたであろう筈の佑弦さん。
それなのに望さんの変化に気がつく事ができなかった……。
だからこそ、佑弦さんは自分自身に失望してしまったのだろう。
いや、近過ぎるからこそ、それに目を向ける事ができなかったのかもしれない。
「嘉成が『KIHOU』の元ドラムとギターとで、新しいバンドを結成したんだ。俺もベーシストとして声をかけられた。けど……、俺は逃げたんだ」
「そう……だったんだ」
「俺は『望』っていう指標がなくなっちゃったら、どうしたらいいかわからなくなった……。だから、そのバンドの未来に責任を持たなくていいサポートばっかやってた。俺がしがみついていたのは、大学生の頃の望だったんだ。サウノイだったんだ。結局、俺も物真似だったんだな……」
「……そんな事、ないと思う」
佑弦さんはサウノイが大好きで。
望さんの事も尊敬していて……。
でも、ベースを弾く事自体を辞めたのではない佑弦さんは、音楽そのものを諦めてしまった訳ではないんだろうと思う。
「望もアイツなりに悩んでたんだと思う。だからこそ『NOZOMU』として活動している事をなかなか言い出せなかったんだろう。変わろうとしない俺の期待に応えるのか、それとも自分が大切に思ってる道を進むのか。誰かを傷つけてでも……」
「あ……そっか」
「何かを大切にするって事は、どっかで何かを犠牲にしてる。時には誰かを傷つける事も……」
以前佑弦さんに言われたセリフ。『誰かを傷つけてでも、自分の目の前にある事だけを大切にして生きる事ができるのか?』
響子さんが大切にしてきたものと、傷つけてしまったもの……。
望さんが選んだものと、傷つけてしまったもの。
「あいつは周りからの信頼と引き替えにして、『NOZOMU』としての今を手に入れた。じゃあ、俺が『何かを犠牲にしてまでも手に入れたいもの』ってなんだろうって……。考えてもわからないんだ……」
私は少し考えてから口を開く。
「……さっきのライブで、ステージは全然見えなかったけど、私、佑弦さんがそこにいるな、っていうの何となくわかりました。佑弦さんの音が聴こえました。だから……、それは誰かの真似とかじゃないな、って思う……」
驚いたように、薄い唇が少しだけ開けられる。
そしてこちらを向いた瞬間、前髪の間からチラリと見えた二つの瞳は、いつものように鋭いものではなくて、切なげに揺れている。
佑弦さんの相手を射るような鋭い眼差し。
それは相手を攻撃する、というよりも、望さんという指標を失って、自分の音すらも見失ってしまって漂っている、佑弦さん自身を守る為にあったのかもしれない。
私が以前、あれもこれもを溜め込み過ぎて、アサリの殻の中に閉じこめられて身動きが取れなくなっていたように、佑弦さんも自分が本当にやりたい事を見失って、動きが取れなくなっているのかもしれない。
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