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ふっと口角が緩められると、いつもの低く穏やかな声が耳に届く。
「……リッスーのくせに」
「なっ……、人が真剣に話してるのに!」
思わず私は抗議の声を上げる。
けれど佑弦さんは何も言わず、黒髪を揺らしながらスタスタと歩き出してしまった。
手首を掴まれたままの私は、仕方なく彼の後を追う。
けれど、さっきまでヒヤリと冷たく感じていた私の手首を握る指の先が、ほんのりと熱を持っているのに気づいてしまった。
そして通りを行き交う車の音の隙間から聞こえてきたのは、やっと感じ取れるといった程度の掠れた声。
「……ありがとう」
私が驚いて見上げてみても、その唇はすでにきゅっと閉じられた後だった。
でも、鈍く輝くシルバーのピアスがつけられた耳の先が、ほんのりと赤くなっているところを見ると、きっと聞き間違いではなかったんだろう。
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