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「おかえりなさーい」
緩くウェーブのかかったナチュラルボブの女の子が、響子さんの後ろから可愛らしい声をかけてきた。
「琴音さんですね。私ここでアルバイトをしてる藤岡 果音です」
彼女がペコリと頭を下げると、黄みがかったブラウンの髪がふわりと揺れた。
「木原 琴音です。よろしくお願いします」
「姪っ子なんです。佑弦君が都合がつかない時に手伝いにきて貰ってるの」
佑弦君とは、あの口の悪い男性の事だろうか……。
「そう、果音、佑弦さんの代わりばっかだから、全然佑弦さんと会えないんですよー」
果音ちゃんはそう言うと、ぷっくりとしたピンク色の唇を可愛らしいく尖らせてみせた。
「果音は学生なんだから、そんな事ばっかり言ってないで、勉強しなさい」
「そんな事言ってアルバイトに駆り出すのは響子さんじゃないですかー」
「はいはい、お陰様でとても助かってますよ。でもこれからは琴音さんが手伝ってくれるので、勉強に専念して下さいね」
「えー、果音、お役ゴメンって事?」
えっ、それじゃ、私が果音ちゃんを追い出す形になってしまう……。
「私は他にバイトも探すつもりですし、空いているところだけ入れていただければ大丈夫なので」
私は慌てて胸の前で手を振ってみせる。
「ウソです、ウソです。琴音さん、ホントに素直で可愛い人ですね」
お人形のように可愛らしい果音ちゃんにそう言われて、思わず顔が熱くなる。
可愛い、なんて滅多に言われた事ない……。
「果音、もう一つコンビニでバイトしてるし。お母さんにはここでバイトしてるってのは内緒なんです。お酒出すところで働いちゃダメだって」
果音ちゃんの言葉に、響子さんは何も載せられていないまな板の上に沈んだ視線を落とした。
「……へえ、厳しいんですね」
「それに、今度からは佑弦さんがバイト入ってる時に、お客さんとして来れるから……。佑弦さんってホントカッコイイですよね」
果音ちゃんはそう言って髪と同じような色をした大きな瞳を私に向けると、ふわりと笑った。
「果音、そんな事言ってると、智樹君に嫌われてしまいますよ」
「それとこれとは別。佑弦さんは目の保養」
確かに、見た目は良いけれど、中身は……。
響子さんは呆れたような視線を果音ちゃんに向ける。
「果音、もう時間だから帰っていいですよ」
「あ、ホントだ。早く帰らなきゃお母さんに怒られちゃう」
果音ちゃんは慌てて荷物をまとめると、「じゃあ、琴音さん、またねー」と手を振りながら走り去って行った。
「可愛いですね」
私がそう言うと、響子さんは小さくため息をついた。
「世間知らずの我儘娘で……。姉の心配もわかるんです」
響子さんからしたら、自分のお店をお姉さんにあまり良く思われていない、なんてちょっと複雑な思いなんだろう。
「それより琴音さん、来週の水曜日は休みが取れそうですか?」
「はい、大丈夫です。仕事が入るとしても昼間なので、夜はここに来れると思います」
今の仕事を辞めるまでは、休みの日しか入れない。それも急に仕事が入ったりするので、響子さんからは、入れる時だけでいい、と言われていた。自分から働かせて下さい、なんて言っておいて、やっぱり迷惑をかけてしまう。
「水曜日は佑弦君が来るから、彼から色々と教えて貰って下さいね」
ああ、やっぱり彼から仕事を教わるのか。
またあの調子でダメ出しされるのかと思うと、何だか憂鬱だ。
「佐渡 佑弦君は覚えていますか?」
「はい、……背の高い、黒い髪の男の人ですよね」
「佑弦君はとてもいい子ですよ」
「はい……」
私は曖昧に頷く。
「酔い潰れた琴音さんを家まで運んでくれたのも彼なんですよ」
「えっ!」
ここから響子さんの家までは歩いて1・2分だけど、確かに歩いた記憶は全くない……。
響子さんにも散々愚痴を言っしまったみたいだし、こんな下半身デブの体を運ばされたとしたら、文句の一つも言いたくなるってものだろう……。
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