アサリの中華スープと大切なもの ③

2/5
前へ
/167ページ
次へ
「うわっ! ご、ごめんなさ……」  私は慌てて体を起こそうと、そのスベスベと心地良いスウェット生地に手のひらをついて……。  ……て、えっ?  私の体は、逞しい腕にしっかりホールドされていて動かないのだ。  こ、これは何が起こっているんだろう……。  慌てる私の耳元に佑弦さんの熱い息がかかる。  そして近距離で発せられる低音ボイスが、鼓膜をくすぐった。 「お前……、あのクソ男とヨリを戻すつもりか?」 「へ?」  言っている意味がわからなくて、私は声の元へ顔を向けた。  目に入ってきたのは艶のある薄い唇と、白い肌。  そして黒髪の間からこちらを見下ろしているのは、その奥深くに吸い込まれていってしまいそうな黒く艶やかな瞳。  至近距離で見るその瞳の吸引力に何だか頭がクラクラしてきて、思わず私はブルーグレーのパーカーにしがみついた。  クソ男? クソ男……。ああ……。 「翔真の事?」  目の前の佑弦さんの事で頭が一杯で、翔真の事なんか忘れてた……。 「初めてあった日にお前がずっと『クソ男』って連呼してたヤツの事だよ」 「……ヨリを戻すつもりなんてないよ」  私は息をつく為に、その綺麗な顔から視線を逸らしながら何とか言葉を繋いだ。 「じゃあ、お前からアイツに連絡とった訳じゃないんだな?」 「私が?」  佑弦さんの言葉に視線を上げると、彼は黒目だけを向かいのビルの方に動かしてみせてから「自販機の陰」と小さく呟く。 「えっ?」 「振り返るな!」  驚いて振り返りそうになる私の顎を、佑弦さんの白い指が押さえ込む。
/167ページ

最初のコメントを投稿しよう!

127人が本棚に入れています
本棚に追加