127人が本棚に入れています
本棚に追加
アサリの中華スープと大切なもの ④
クルクル、クルクルとそれは回り続ける。
銀色の鈍い光を返しながら、まるで土星の輪のように美しく、しなやかに。
じっと見つめていると、それはいつまでも永遠に回り続けていくような、そんな気さえしてくる。
不意に木製のスティックが振り下ろされたかと思うと、シャラーンと涼やかな音を立てて銀の皿は飛び上がる。
色白の指先がそれを華麗にキャッチすると、周りから感嘆の声と共に拍手が起こった。
「本日はお聴きいただきまして、ありがとうございます。ライブはこれにて終了でございます。この後も『音の食堂』はバータイムとして営業しております。温かいスープご飯もご用意致しておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい」
響子さんの穏やか声が店内に響くと、辺りは途端に賑やかになってゆく。
「響子さん、今日も素晴らしかったっす!」
今日も最前列で齧り付きながら観ていた渡辺さんが賞賛の声を上げた。
「ありがとう」
それに応える響子さんの声は穏やかなものだ。
いけない、いけない。
思わず響子さんの演奏に聴き惚れてしまっていた。
ライブ終演後、直ぐお出しできるように『アサリの中華スープご飯』の注文が入っていたんだっけ。
私はキッチンに立つと袖を捲り上げた。
鍋に水とアサリを入れてから火にかける。
暫くするとふつふつと小さな泡が沸いてくる。
カパッ。
カポッ。
鍋の中からアサリが口を開く小さな音が聞こえてきた。
佑弦さんがボリュームを上げてくれた店内のBGMに合わせるパーカッションのように。
カパッ。
カポッ。
今日の選曲は佑弦さんの担当だ。
少し前のアングラ音楽を中心に、時々サウノイの曲も入っている。
そして私は、表面に浮いてきた白い灰汁をお玉で丁寧に掬ってから、一旦アサリを取り出した。
顆粒の中華スープの素と貝柱出汁で味を整えてから、タケノコと人参、彩りの良い赤パプリカを入れる。
「お前、分量間違えんなよ」
「うるさいなぁ」
カウンターの向こうから佑弦さんが覗き込んでくる。
やっと私も、この間から簡単な物ならスープご飯の調理も任せてもらえるようになったのだ。
でも、スープの仕込みや焼き加減の難しい『パリパリ鶏の塩スープご飯』なんかはまだまだだ。
早く仕事を覚えて、響子さんがいなくてもお店を開けられるくらいにならなくちゃ、って思う。
白い陶器製の器によそった十穀米の上に、スープを静かに注ぎ入れる。
具材を彩り良く盛り付けたら、仕上げは小ネギとごま油。
「『アサリの中華スープご飯』お願いします」
木製のトレーに載せてから、佑弦さんに差し出すと、彼は「まあまあだな」と柔らかく微笑んだ。
最初のコメントを投稿しよう!