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「……必ず料理を提供する前に、伝票にチェックを入れる事。全部揃っているかもう一度確認してから、お客様のテーブルに運ぶ……」
佑弦さんはそう言うと左手にスープご飯のトレーを載せたまま、片方の手だけでだけで伝票にチェックを入れる。
「これ2番テーブル、『パリ鶏』。先ずは料理名を覚えてね」
私はトレーを受け取ると、コクリと頷いた。
「音の食堂」は学生の頃アルバイトしていたファミレスとは違い、紙の伝票を使っている。
オーダーを間違えないように気をつけなければ。
彼は改めて自己紹介してくれた他は、自分の事については多く語らなかった。
けれど仕事に関しては、意外にも丁寧に根気よく教えてくれた。
「あの、佑弦さん」
仕事がひと段落ついたところで、私は彼に声をかけた。
「この間はご迷惑をおかけして、どうもすみませんでした」
私がそう言って頭を下げると、彼は冷ややかな眼差しをこちらに向けた。
「響子さんから、佑弦さんが送ってくれたって聞きました」
「ふうん……」
長い前髪の間から、鋭い眼差しがこちらを見下ろしてくる。
「で、超ブラック企業のクソ課長には、辞める事、伝えられたの?」
「う……」
結局、あれから課長には声をかけようとする度新しい仕事を押し付けられ、まだ会社を辞める事を伝えられていないのだ。
「どうせ言いたい事も言えずに、いいように使われてるんだろう」
「こらこら、佑弦君、会社員には会社員の大変さがあるんですから、琴音さんをあんまりいじめては駄目ですよ」
首がめり込むように小さくなっていた私を見兼ねて響子さんが声をかけてくれる。
それでも佑弦さんは見下したような視線を投げかけてくる。
「それにしても、お前見た目よりも重いよね」
「……っ!」
この男は毒を吐かなければ気が済まないのだろうか。
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