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キィと小さな音がすると、金属製の扉から一人の女性が顔を覗かせた。
女性は60代前半くらいだろうか、シルバーグレイの長い髪を緩めのお団子にしていて、エスニック柄のロングワンピを身に付けている。
どこかで見た事あるような……。
「あら、あの時の飲みっぷりの良い彼女、会社辞められたの?」
女性の言葉に私は思わず下を向いてしまう。
「……いらっしゃいませ……」
「あら、井上さん、いらっしゃい」
響子さんの笑顔に女性も笑顔を返すと、慣れた様子でカウンター前のスツールに腰をかけた。
あの日は確か、井上さんの打ち上げだって言ってたっけ。
そして、私が店に到着する前に行われていた事は……。
私は店の扉の直ぐ脇にある、床が黒く塗られたスペースに目をやった。
「響子さん、あそこのスペースって何ですか?」
私はそう尋ねながらも、大体答えはわかっていた。
隅に寄せられてはいるものの、赤とシルバーの輝きをみせているのは、どう見たってドラムセット。
そして、反対の端にある黒くて四角い箱のような物は、ギターアンプだ。
とは言え、その部分だけ床の色が黒く塗られているだけで、段があってステージになっているようでもない。
生演奏を聴きながらディナーを楽しめる、そんな感じなのだろうか。
「週末とか、ライブをやっているのよ」
「へえー」
佑弦さんもライブに出るのだろうか……。
「そうそう、24日にアコースティックライブをやるんですけど、もしよろしかったら、琴音さんもいらして下さいね」
クリスマスは毎年、店舗の手伝いに行かされる。
去年は隣県まで行かされたので、帰りは日付が変わってしまっていた。
翔真はにこやかに待っていてくれたけれど、もしかしたらあの女と楽しくやった後だったのかも……、と思うと胸の奥がチクリと痛む。
今年は特に用事もないのに、ヘルプに行くのは同じ私鉄沿線の店舗で、そこまでは遅くならなそうだった。
「その日は投げ銭制のライブなので、途中からでも参加OKです。もし遅くなっても、この間のように打ち上げだけ参加して頂いても大丈夫ですよ」
「お前次の日も仕事あるんなら、この間みたいに酔い潰れるんじゃないぞ」
佑弦さんが客席から下げてきた食器を手早く片付けながらまた嫌味を言ってくる。
「……わかってます!」
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