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カーテンを外した窓から差し込んでくるオレンジ色の光が、スッキリ片付いたフローリングの床を照らしている。
あらかたの家具を運び出してしまった部屋は、何だかとても広く感じた。
元々このアパートには私が一人で住んでいた。
そこに途中から翔真が転がり込んできて、一緒に暮らすようになったのだ。
殆どの家具や電化製品は、私がここで暮らし始めた時にに揃えた物だった。
翔真の服をしまっていたチェストも、スーツをかけるハンガーも。
自分の私物と明らかにゴミだとわかる物は、業者さんに頼んで全部処分して貰った。
フローリングの床の上に、パジャマとあの女のカーディガンと翔真の替えのスーツが、何かの抜け殻のように転がっている。
チェストのあった辺りには、彼の下着と普段着が置かれていた。
翔真の持ち物なんて服と洗面用具等の数点だけだった。
人間生きていくのに必要な物なんてそんなにはないのだ。
私は何で今までこんなにも沢山の物を溜め込んでいたのだろう……。
この部屋の中にも。
自分自身の心の中にも……。
翔真に好きだと言って貰う為、職場で評価される為、周りの人に嫌われない為……。
早く帰って翔真の晩御飯を作らなきゃとか、朝早く起きて洗濯をしなくちゃだとか、自分のキャパ以上の仕事を引き受けて一杯一杯になっていた。
生きるという事はもっとシンプルな事の筈なのに……。
自分自身を守る為にあった殻が、いつの間にか凝り固まって足枷になっていた。
冷たい真水の中でアサリがしっかりと口を閉じるように、いつの間にか殻の中に閉じ込められて、身動きが取れなくなっていた。
「琴音、そろそろ行くぞ」
背後から佑弦さんの穏やかな声がする。
「はーい」
私は振り向きながら、軽やかに返事を返す。
綺麗に片付けられたシンクの脇には、すっかり乾いたペアのマグカップだけが、ただ静かに置かれていた。
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