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カレースープとNo.30 ②
「えっ、札幌?」
俊介の言葉に私は思わず大きな声を出してしまう。
「来月の頭から……。多分、今回は長くなるだろうって、今日部長から言われたんだ」
彼はそう言うと、使い込まれて鈍い艶を放つテーブルの上に視線を落とした。
俊介の転勤は今までだって何度かあった。
けれど今回に限って何でこんなにも心がざわつくのだろうか……。
俊介とは入社時期が一緒で、初めの内は沢山いる仲良しグループの中の一人だった。
それが一人、また一人、と結婚や転職していく中で、独身組はいつの間にか私と俊介、二人だけになってしまった。
お互い独身だという事もあって、俊介とは未だに二人でサシで飲みに行く仲だ。
私が男に振られる度に朝まで飲み明かしたし、俊介が彼女と別れた後も明け方まで恋愛論を語り合ったりもした。
異性の友人だからだろうか、女友達にも相談できない様な事も俊介とだったら、腹を割って話す事ができた。
転勤等で暫く会っていなくても、顔を合わせれば直ぐに昔馴染みの二人に戻る事ができたのだ。
けれどそんな心地よい距離感の二人の間にも、微妙な風が吹き始めたのはいつの頃からだっただろうか……。
「へえ、札幌いいじゃん。美味しい物も一杯あるし、冬はスノボーもできるよ」
私は心の内側をざわざわと音を立てている何かに蓋をすると、何でもないような笑顔を作ってみせた。
「穂花、あのさ……」
「お待たせ致しました」
俊介が口を開いた瞬間、目の前にホカホカと湯気を立てているスープご飯が運ばれてきた。
「へえ、美味しそう……」
私は俊介のカレースープご飯を覗き込む。
なるほどな、と思う。
注文の際に、イケメンの店員から「スープカレーではなく、カレースープご飯です」と念を押された事を思い出す。
ご飯にかけられたスープは透明感のある黄色で、 スープで良く煮込まれた野菜達は小さくカットされていた。
昔は「ちょっと一口ちょうだい」なんて言いながら、口を付けたスプーンでも気にせずに、突きあったものだ。
けれど、いつの間にか私達の間には微妙な距離ができてしまっていた。
同期の仲間であり、大切な友人であり、そして……。
若い頃は後先も考えず、「今」だけに夢中になる事ができた。
何もかもかなぐり捨ててでも、目の前にある恋に全てをかける事ができた。
けれど、私はもう直ぐ、そんな無邪気に振る舞う事ができなくなる大人の大台に乗ってしまうのだ。
20歳になる時はもっと気軽で開放的であったけれど、30歳になるという事は、今までとは何かが決定的に違ってしまう、そんな気がした……。
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