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カレースープとNo.30 ③
「わーん、私来週で25歳になっちゃう。アラサーになったら結婚できないじゃん。早く婚活しなくちゃ」
後輩の鈴木さんが胸の前で両手をグーにして可愛らしい声を出すと、小さな顔の周りで明るい色の髪がふわりと揺れた。
「へーもうすぐお誕生日なんだ」
隣りの席の坂上君が即反応する。
他の男性陣も耳に全神経を集中させてソワソワしているようだ。
そうしてから鈴木さんは、私の顔を見てわざとらしく「あっ」と口元を押さえてみせた。
そう、私も今月末で30歳になるのだ。もちろん結婚はしていない。
「へー鈴木さんも今月なんだ、私も今月なんだ。お誕生日近いね」
別に無視しても良かったんだけど、場の雰囲気を悪くするのも嫌だったので、私は大人の余裕を見せつけてやる。
「田所さん、おいくつになるんですか?」
知ってる癖にここでそれを言うんだ。鈴木さん根性悪。
「30歳よ」
「えー、全然見えなーい。田所さん若いですねー。私とちょっとしか変わらないように見えますぅ」
「そお?」
5歳しか違わないけどね。
口元がピクピクしてなきゃいいけど……。
「今月はお誕生日もあるし、クリスマスもあるし、大晦日もあるし、バーゲンにも行かなきゃならないから超忙しいんですよー」
鈴木さんは両手をぐーにしたまま、不満気な声を出す。
彼女のパソコンは既にスリープ状態になっていて、デスクの上には熊さん型のリストレストぐらいしか置かれていない。
それでも若い子に甘い課長は、鈴木さんが仕事もせずにお喋りに夢中になっていても文句を言わないのだ。
「それなのにクリスマスの時期が超忙しいなんてブラックじゃないですか? デートもできない」
彼女は、淡いピンク色のチークをのせた滑らかな頬を、ぷーっと膨らませてみせた。
そう、私のいる部署はこれからクリスマスにかけての時期が一年で一番忙しい。普段はローテーションを組んで土日も誰かしらは出勤していたけれど、お正月は完全にお休みとなるので、その分の業務を前倒しでこなさなければならないからだ。
部長の差し入れてくれたケーキとチキンを齧りながらパソコンに向かうのが、毎年の恒例となっている。
「ケーキ屋さんとかは徹夜だって言うじゃない。もっと大変な人達もいるんだから」
「えー、でも田所さんは20代最後のクリスマス、デートできなくて良いんですか?」
最後をやたら強調する鈴木さんに眉間の辺りがピクピクする。
「別に最後とかクリスマスとか関係なく、デートはしたい時にすれば良いんじゃない?」
「えーでも、私は26歳までには結婚したいんですよ。田所さんは結婚とか焦ったりしないんですか?」
鈴木さんの言葉に、周りの人達は急に忙しそうにキーボードをカタカタいわせ始めた。
「結婚したい人ができたらするけど、別に年齢に拘ったりはしないよ」
「うわぁ、カッコ良い。私もそういう歳の取り方したいですぅ」
「……」
気がつくと、私のパソコンの画面には4の字が大量に連打されていた。
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