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「……ったく、お前は一体今まで何やってたんだ! もう4年だろう! 生産者との交渉くらい上手くやれなくてどうすんだ!」
重要度の低い契約交渉に失敗した私に、スマホの向こう側から課長の容赦ない怒号が浴びせられる。
取りつく島もない生産者さんとの交渉に疲れ切った私の精神に、課長の声が更に追い討ちをかける。
「……すみません、すみません……」
私は条件反射のように電話の向こうの見えない相手に頭を下げ続けていた。
さっきから一体、何回、いや何十回頭を下げただろうか。
もうすっかり感覚が麻痺してきてしまい、謝罪しているというよりも、首振り人形にでもなった気分だった。
「とにかく、大手が何かあった時の為に、大塚農場との繋がりは切らないでおいてくれよ」
「えっ……」
課長の言葉に思わず声を上げる。
今は必要性を感じない中堅規模の農場と契約をするつもりはないけれど、キープはしておきたい、とそういう事なのだろうか……。
だとしたら、なんて都合のいい話だろう……。
「もういい、今日はもう帰れ」
「はいっ。すみませんでした」
私は頭を下げながらも、少し驚いていた。いつもだったら、社に帰って報告書の作成を言いつけられるところなのに……。
端から更新する気もない交渉に臨ませて、さすがに悪いとでも思ったのだろうか。
「失礼します」
課長の気が変わらないうちに、と私は急いでスマホを耳から離す。
「はあ……木原は本当、役立たずだな……」
通話ボタンをタップする直前、電話の向こうからため息混じりの声が聞こえてきた。
それは私に聞こえないように呟いたものなのか、それともわざと聞こえるように電話口でぼやいた言葉なのだろうか……。
私はスマホを鞄にしまうと、頭上をゆっくりとふり仰いだ。
空が普段よりも広く、そして高かった。
山がすぐ近くに見えていた。
小さく見える黒い鳥がくるりと大きく輪を描くと、西の空へとゆっくり消えていく。
鼻から大きく息を吸ってみると、乾いた土の匂いもしてくる。
東京郊外の農地であるから、見渡す限りの田園風景……、とまではいかないけれど、いつもの霞んだような四角い世界とは違っていた。
何だか私には、農地の周りに広がる住宅の庭に植えられているブロッコリーのような大きな木も、広い庭で風にはためく洗濯物も、どこかのんびりとしていて、とても幸せそうに見えてくるのだった。
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