カレースープとNo.30 ④

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カレースープとNo.30 ④

 私が待ち合わせ場所に選んだのは、響ヶ町の駅だった。  なんとなく俊介が北海道へ行ってしまう前に、あのカレースープご飯を食べておきたかったのだ。  私が響ヶ町の駅の改札を抜けると、スマホの着信音が鳴った。 「穂花、ごめん。仕事でトラブルがあって今から社に戻らなきゃならなくなったんだ……」  スマホの向こう側から慌てた様子の俊介の声が響いた。 「そうなんだ……」 「今日は何時になるかわからないから、行けそうにないんだ……。本当にごめん」 「大丈夫。気にしないで。転勤だっていうのに大変だね。頑張ってね」  私は努めて明るい声を出してみせる。 「向こうに行く前に話したい事があるから、後でまた電話するから」  慌ただしく通話が切られる直前、俊介の声と重なって電車の発車メロディーが聞こえてきた。    街の明かりで薄ぼんやりと煙る星空を見上げながら、私は大きく息を吐いた。  自分の吐き出す息で、世界は更にぼやけて見える。  鈴木さんよりも早く俊介に自分の気持ちを切り出していたら、こんなモヤで霞んだような世界も、もしかしたら変わっていたのかな……。  モヤの向こう側には、鈴木さんの指輪よりも貧弱な星の瞬きが申し訳程度に見てとれた。  北海道へ行けばもっと沢山の星が眺められるのだろうか。  いや、札幌だったらこの辺りよりも少ないのかもしれない……。    私は賑やかに灯る街の明かりにゆっくりと目を戻した。    さて、どうするかな……。  あの時「一口ちょうだい」と、どうしても言えなかったカレースープご飯。  どうしても食べておかなきゃならない、何だかそんな気がして、私は一人「音の食堂」へと足を向けた。
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