カレースープとNo.30 ④

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 今日が仕事納めの会社もあるのだろうか、楽しそうな人々で溢れる駅前を抜け、5分程歩いた先にそれはあった。  大手カフェチェーンの明るい光の直ぐ脇に、小さなイーゼルが一つ。  見落としそうな薄暗い階段を降りて行くと、その先には年季の入った木製の扉。  そしてその扉を開くと……、更に重い金属製の扉がある。  私がそのドアノブに手を伸ばそうとすると、不意に向こう側から重い扉が開かれて、辺りは人々の和やかな声と柔らかな音色に包まれた。  店内から出てきた男性は私に目をくれる事もなく、左手にあるトイレの扉へと消えていった。  金属製の扉が閉まる寸前、私は自分の腕をスルリと滑り込ませる。  再び大きく開いて店内に一歩踏み入れた瞬間、その黒く重いドアに、何やら数名の名前のようなものが書かれたプレートがかけられている事に気がついた。  あんな物この間あったっけ?  そう思った次の瞬間、私はピタリと足を止めた。  店内はこの間来た時とは随分と雰囲気が違っていたのだ。  店の中は多くの人で賑わっていて、奥の方の席が空いているにもかかわらず、立ち話をしている人達もいた。  そしてそこにいる人達がなんだか皆、和やかにその場の雰囲気を楽しんでいる、そんな感じがした。  なんだか場違いな所に来てしまったのかもしれない……。 「いらっしゃいませ」  私が引き返そうかと思っていると、ここの店主だろうか、この間も見かけた40代後半くらいの黒縁メガネの女性が声をかけてきた。 「あの……、スープご飯は食べられますか?」 「お出しできますが、今はライブ中なので、ミュージックチャージ料とワンドリンク代を頂く形になってしまいますが、よろしいですか?」 「ライブ……、いくらですか?」 「ミュージックチャージ料は2000円です」  そのくらいなら……。  何となく早く家に帰る気にもなれないし。 「じゃあ、お願いします」 「ただ……、ライブはあと井上 潤子さんでおしまいなんですが、よろしいですか?」  なる程、さっきドアのプレートに書かれていた何人かの名前は、今日の演奏者のものだったのか。  それでも、私はなんとしてもスープカレーご飯を食べておかなくてはならない気がしていたのだ。 「大丈夫です。お願いします」  私は料金を支払いながら、狭いけれど落ち着いた雰囲気の店内を見回した。  生演奏を聴きながら料理も楽しめる、そういった感じなのだろうか。  どうりで店内にいるお客さん達が皆、楽しそうに寛いでいる訳だ。  オレンジ色の優しい灯りの下、人々は飾らない笑顔を浮かべながらグラスを傾けている。  緩やかに流れるBGMも耳に心地よい。 「もうすぐライブが始まりますが、お料理は今お作りしますか? それともライブの後になさいますか?」  別に急いでいる訳でもないし……。 「終わった後でお願いします」
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