カレースープとNo.30 ④

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「本日は井上 潤子さんのバースデーパーティーにお越し頂きまして、ありがとうございました。この後も『音の食堂』はバータイムとして営業しております。温かいスープご飯もご用意致しておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい」  カウンターの奥から店主の声がかかると、フロアの明かりが灯された。  井上さんは周りにいる人達と親しげに言葉を交わしながら機材を片付け始めていた。  楽しそうにお喋りをしているお客さん達の間をかき分けて、黒く塗られたステージの直ぐ脇まで移動する。  そして私は、音楽仲間と思われる人達との会話が途切れる時を待ってから彼女に声をかけた。 「あの……、今日初めて拝見させて頂いたんですけど、凄く面白かったです」 「ありがとう。楽しんで貰えて良かったわ」  彼女は目元に皺を寄せながら微笑んだ。 「それって、大正琴ですよね?」  私は黒いケースに入れられた楽器に目をやった。 「そう、電子大正琴よ」 「へー、電子……」  大正琴も進化しているんだ。 「……これで音色を変えられるんですね」  私はまだ片付けられていなかった四角い機械を差し示す。 「これはエフェクター。ギターで使うのと同じね」  なる程、よくギタリストが足で踏んでいるやつだ。 「へー、面白い。大正琴もギターと同じように演奏できるんですね」  井上さんは飾らない笑顔をこちらに向けたまま、黒いコードを手際良くクルクルと巻いていく。   「そう言えば、お誕生日なんですね、おめでとうございます。おいくつになられたんですか?」 「60……あれ、えーと、私何歳になったんだっけ?」  彼女はそう言って先程まで話していたおじさん達を振り返る。 「そんなん知らねーよ」 「わはは、ハタチ、ハタチ」 「……20歳だって。まあ、いくつだって大して変わらないわ。そんな数字よりも、毎年みんなにこうやって祝って貰える事の方が大事」  60を超えているという事は、私の約2倍だ。  30なんてまだまだなのかもしれない……。 「私も明日が誕生日なんです」 「おめでとう。いくつになるの?」 「……30です」  そう答えた私の声には、つい弱気な自分が顔を出してしまう。 「20歳も30歳も60いくつだかも、大して変わらないわ。まだまだこれからだもの」  そう言って悪戯っぽく微笑んだ彼女は、本当に二十歳(はたち)になったばかりの初々しい女性のように可愛らしく見えた。
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