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「……誕生日おめでとう」
「えっ?」
目の前に差し出された小さな包みに、今度は私が驚く番だった。
そうか、もう12時を——あの高く高くそびえて見えていた壁を、いつの間にか越えてしまっていたのか……。
何ともあっけなく。
けれど……。
私は戸惑いながら、白くツヤツヤした紙で覆われた小さな箱を受け取った。
俊介から誕生日プレゼントを貰うなんて初めての事だ。
「……ありがとう」
手のひらに乗せてみると、小さな包みは俊介の体温でほんのりと温かい。
ペリペリとテープを剥がしながら開けていくと、中から出てきたのは、高級感のある小箱。
パカリと蓋を開けてみると……。
ベルベット調の生地に包まれて収められているのは、楚々と薄紫色に輝く一粒石のリングだった。
「どういう事?」
思わず私は、不安気にこちらを見下ろしている俊介の顔を見つめ返す。
「えっ? どうって……。俺が指輪用意してるのわかってて言ったんじゃないの?」
「だって、俊介は鈴木さんにダイヤの指輪をプレゼントしたんでしょ?」
「……鈴木さんって、穂花の後輩の鈴木さんの事? なんで俺が彼女に指輪プレゼントしなきゃなんないの?」
「……」
俊介の一重瞼の奥で小さく輝いている瞳を見返した。
その黒い輝きには、偽りの色は欠片も浮かんでいない。
「……ああ、もしかして、あの大きなダイヤの事?」
「……うん。営業部の廊下で俊介が鈴木さんに渡しているところを、小林さんが見たって」
「うーん、あれは何だろうね。イマドキ女子のやる事は良くわからないよ」
そう言って俊介は顎の下をジョリジョリと撫でた。
「最近彼女、何かと俺に絡んできてて、『北海道連れてって』とか色々言ってくるから、『それはできない』って言ったんだ」
「えっ?」
「そしたら急に、『彼氏に指輪プレゼントされて困っちゃう』ってダイヤ見せびらかしてきて。彼女が業務部に戻った後俺のデスクを見てみたたら指輪が落ちててさ、慌てて追いかけたんだ。そしたら何だか思わせぶりな感じで微笑み返してきて……。本当あれは何だったんだろう……」
「じゃあ俊介は、鈴木さんの事……」
「ああいうタイプはちょっと苦手だな……。それに穂花に指輪用意してる時点で、鈴木さんとどうこうって事はないよ」
背後から吹き抜けてきたビル風に、私の長い髪がぶわりと舞い上がる。
乱れた髪をかきあげながら見上げると、俊介の穏やかな笑みを湛えた優しい眼差しと私の視線が交差する。
彼の黒い瞳に映っているのは、30歳の等身大の私だった。
あれもこれも大切で、どれか一つになんか決められない。
一つに決められないから、あれもこれも不安になる。
「私は欲張りな女だよ。大事なものを一つだけになんて絞れない。これからもやりたい事が色々と出てくるかもしれないよ」
「そんなのわかってる。何年の付き合いだと思ってるんだよ」
俊介は細い目を更に細くして呆れたように笑う。
「次の週末、そっち行くから」
「えっ?」
「迷惑?」
「……いや、嬉しいよ」
「本場のスープカレーが食べてみたいんだ」
カレースープご飯は心が芯まで温まるほっこり優しい味だったけれど、スパイスが華やかに香り立つスープカレーも食べてみたい。
友情も仕事も大切だけど、恋愛も全力で楽しみたい。
私は欲張りな女なんだ……。
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