チキンライスとモブ男 ①

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チキンライスとモブ男 ①

 ドアを開けるとアパートの外は氷水のようだった。  昼近くまで温かい布団の中でダラダラと過ごしていた私の体は、一歩外に踏み出した途端に足の先まで一気に目が覚めた。  ウールのコートの隙間からキリキリと突き刺してくる風に、私は思わず腕をさする。  昔のアパートの荷物を処分する際に、ダウンも一緒に捨ててしまったので、上着はあの日着ていたこの一枚しかないのだ。  自分を抱きしめるようにしながらアパートの古い階段を降りていくと、ガチャリと一階のドアが開く音がした。 「うわっ、さみー」  冷たい風に巻き上げられた長い前髪の間から、佑弦さんの吸い込まれそうな黒い瞳がこちらに向けられる。 「あ、明けましておめでとうございます」  私がペコリと頭を下げると、彼はほんの僅かに眉を寄せてこちらを見下ろしてくる。 「……さっき言ったよね」 「あ、一応、改めて。今年もよろしくお願いします!」  さっき、と言ってももう12時間近く経っている。  そう、昨日の夜は「音の食堂」でカウントダウンライブがあったのだ。  仕事が溜まっていた私はライブには間に合わなかったけれど、日付をまたぐ前にはお店に着く事ができた。  カウントダウンライブとか言うから、みんなで「スリー、ツー、ワン!」とかやるのかと思っていたのに、ただいつものようにワイワイと飲んでいただけだった。  閉店時間の25時を随分と過ぎてから、みんなでお店を出る時に何となく新年の挨拶を交わしたくらいだ。  それも「音の食堂」っぽくて良いかな、と思う。  でも、初めて「音の食堂」にきた時と違うのは、私は一人じゃない、という事。  まだバイトに入ったのは数回だったけれど、私の事を覚えてくれたお客さんもいたし、井上さんのように、良く覚えていないけれど知らない内に知り合いになっていた人もいた。  それでも、適度な距離感は変わらない。  それが「音の食堂」 「……何をよろしくされるんだ? お前の世話ならもう嫌だからな」 「う……」 「昨日だって俺が止めなかったら、また記憶なくすまで飲んでただろう」 「そんな事ないよ」  ……多分。 「音の食堂」のあまりの居心地が良さに、つい飲み過ぎてしまうのだ。  私ってこんなに呑兵衛だったっけ……。
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