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大きな瞳をキラキラさせ、身振り手振りを交えながら瀬尾 奏一郎さんの話をする時の佑弦さんは、まるで少年のようで、何だか新鮮だった。
いつも嫌味ばかり言っているこの人も、こんな顔をする事があるんだな……。
「けど、リアルタイムでの彼のプレイを見る事ができなかったのが残念で仕方がないよ」
それは仕方がないと思う。
15年前といえば、佑弦さんは10歳前後だ。その歳でライブに行くのはなかなか難しいだろう。
「佑弦さんがどれだけsound or noiseの事が好きか良くわかりました」
私が微笑みながらそう言うと、佑弦さんは少し喋り過ぎたと思ったのか、咳払いをしてみせた。
「とにかく、そんだけすげー人を旦那さんにもってた響子さんもすげー人って事だよ。本当だったらお前なんか響子さんの所で働いたりなんかできないんだからな」
やっぱり佑弦さんは一言余分だ。
私は小さく口を尖らせる。
「……それにしても、佑弦さんはどこに行くんですか?」
さっきから佑弦さんはずっと私の隣りを歩いている。
しかも私の向かっている先は、駅とは反対の何もない方角だ。
「えっ? どこって、神社だろ? 昨日言ったじゃん」
「えっ?」
確かに昨日私は初詣に行きたい、と言った。
あまり遠くまで行くのも嫌だったので、アパートから一番近い神社はどこか、佑弦さんに訊いた。
けれど、「一緒に行こう」と誘ったつもりはなかったのに……。
この間、彼氏にこっ酷く振られたばかりなのに、もう男を誘うような軽い女だと思われるのは、ちょっと心外だな。
グレーのマフラーに口元まで顔を埋めながら、隣りをのんびりと歩く佑弦さんの整った横顔を、私はチラリと盗み見た。
歩く度に静かに揺れる艶のある黒い髪。そしてその間から覗く鋭い光を放つ大きな瞳。冷たい風にますますその白さを際立たせているキメの整った滑らかな肌と、柔らかそうな耳朶につけられたシルバーのピアス。
僅かに開かれた薄い唇からは白い息が漏れている。
私が見ている事に気がついて、僅かに眉を寄せてから、「何?」と、黒目だけを動かして人を見下すように向けられる視線もいつも通り……。
多分、佑弦さんにとっては、ただ職場の同僚とちょっとそこまで……、そんな感じなんだろう。
私は小さく息を吐いた。
ほっとすると共に、ちょっとだけ残念な気もするのは何でだろう……。
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