梅とアサリのスープとクズ男 ①

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 もうこの景色も見納めかなぁ……。  私は小さくそう呟くと、土の香りがする空気を胸一杯に吸い込んだ。  今まで「地元の農業に貢献」しているという自負でなんとかやってこれた。  けれど農家を捨て駒の様に扱うシノハラフードのやり方に、ほんの僅かに残っていた愛社精神も綺麗に吹き飛んでいってしまった。  私は何であんなブラック企業の為に色々な事を犠牲にしてきたんだろう。  もっと自分自身が大事にしなくてはならないものがある筈だった。  土日休みの翔真とはいつも休みが合わず、ずっとすれ違い続きだ。  普段の日も毎日残業ばかりで疲れ切っていて、ろくに会話すらできない日々が続いていた。  私は銀色の社用車に乗り込むと、黒い土が沢山付いたスニーカーから車内に置いてあったパンプスに履き替える。  スニーカーはビニール袋に入れると、助手席の足元に放り投げた。  そうだ、今日は休みで家にいる翔真の為に、Uハウスに寄ってケーキを買っていこう。  大きなイチゴが乗ったガトーフレーズが翔真のお気に入りだ。  せっかくいつもより早く帰れるんだから、晩御飯もどこか食べに行っちゃおう。  明日は久しぶりの休暇だし、ちょっとお酒を飲んでもいいかもしれない。  私は、何だか急に晴れやかな気分になって、アクセルを強く踏み込んだ。  タイミング良くラジオから軽快なメロディーが流れ出す。  あ、これ「クラフト少年」の新曲だ。  これは幸先がいいかもしれない……。  何だか嬉しくなって、気がつくと私はスピーカーから流れてくるメロディーに合わせて調子っぱずれの歌を口ずさんでいた。  そう、この後待ち受けている事実を全く知らない私は、とにかく無敵な気分だったのだ……。
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