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「お待たせ致しました。パリパリ鶏の塩スープご飯でございます」
男性店員の落ち着いた声に顔を上げると、目の前にふわりと白い湯気を立てているどんぶりが差し出された。
こんがりと焼かれた鶏肉の香りを鼻いっぱいに吸い込むと、僕は添えられていた白いレンゲを手に取った。
パリパリ鶏というだけあって、鶏肉は皮目を香ばしくグリルされている。
それでいて中身はとってもジューシーだ。
スープ自体は塩味のさっぱりした物だけど、鶏モモ肉の旨味と共に溢れ出した肉汁で、コクのある深い味わいになっている。
上に載せられた白髪ネギもアクセントにちょうど良い。
しかもご飯を大盛りにして貰えたので、仕事帰りの空きっ腹にも満足だった。
スープご飯とかいうから、少食な女子が食べるお茶漬けみたいな物を想像していた……。
思いがけず美味しい晩御飯を食べる事ができてご機嫌になった僕は、ホウっと大きく息を吐くと、布張りの椅子の背にゆったりと体を預けた。
店内には、スピーカーから流れるアコギの優しい音色が穏やかに満ちていた。
オレンジがかった柔らかい照明が照らす店内では、夕食の時間を恋人や友人とゆっくり味わっている者、カウンター越しに店員とお喋りをする者、一人でのんびりとアルコールを傾ける者、それぞれが皆、自分達の時間を心から楽しんでいるように見えた。
初めは近寄り難さを感じていたレトロな店の雰囲気も、ジンワリと温かいスープご飯を味わっている間に、何だか心地良く思えるようになってきていた。
「カフェペンギンの家」は雑多な人達が常に出入りしていて、その他大勢として背景に溶け込むようにする事で、周りから目立たずに自分の居場所を確保する事ができていた。
けれど「音の食堂」では全員が登場人物だった。
全ての人が主人公で、それでいてそれぞれが必要以上に干渉し合う事なく、否定する事もなく、自由に存在しているように見えていた。
「音の食堂」のそんな懐の深さが、今の僕にとっては、とても心地良く感じられたのだった。
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