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「渡辺君、頼んでた資料もうできた?」
「はいぃ!」
吉野課長の問いかけに、僕はビシッと背筋を伸ばして声を張り上げた。
「どのファイルかしら?」
「いいえ!」
綺麗に描かれた茶色い眉毛の間に皺を寄せながら、課長は首を捻ってみせた。
「どっちなのかしら? 至急で、ってお願いした筈だけど……」
眉と同じ色の瞳が怪訝そうに僕を覗き込んでくる。
「す、すみましぇん!」
一気に脳を流れる血流量が低下して、思考停止の状態に陥った。
周りの同僚からはクスクスと笑い声も聞こえてくる。
「とにかく、急いでちょうだい」
「はい……」
僕が慌ててパソコンに向き直ると、隣りの席から後輩の杉本さんがふわりとした明るい髪を寄せてくる。
「渡辺さん、ファイトです!」
杉本さんの可愛らしい声に僕の思考が完全に停止する。
気がつくと目の前のパソコン画面から、作成中だった資料が完全に消去されていた。
先月、吉野課長が統括管理課に異動になってからずっとこんな感じだ。
おまけに今年度は杉本さんの教育係にも任命されているから、僕のビジネスライフはもう地獄としか言いようがない……。
僕は女性と話しをするのが大の苦手だ。
話しかけてきたのが女子だとわかると、心臓がビクリと跳ね上がり、全身の血管が縮み上がるのが自分でも良くわかる。
体中に嫌な汗が噴き出してきて、口が上手く回らなくなるのだ。
吉野課長に何か指示されても、言われている事が全く頭に入らず、僕はこの間からずっとミスばかり繰り返していた。
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