チキンライスとモブ男 ③

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チキンライスとモブ男 ③

 家路を急ぐ人々に流されながら響ヶ町駅の改札を抜けると、僕は首を捻った。  通りの先にも続いていく人々の波の向こう側に、「しみず」さんに似た後ろ姿を見つけたからだ。  僕がいつも仕事帰りに寄る時は、「しみず」さんはもうコンビニで仕事を始めている。  今、ここに彼女の姿があるという事は、彼女は遅刻という事になる……。  いつも真面目に仕事をしている彼女が遅刻なんてする訳がない。やっぱり人違いだろう……。  僕がそう思って歩き始めると、人混みの中で何をするでもなく佇んでいた二人組の男が、通りを歩く彼女に話しかけるところが目に入ってきた。  女性が足を止めて横を向く。  抜けるような白い肌。ぷっくりとした淡いピンク色の唇。少し離れていてもわかる、深い輝きを讃えた黒い瞳。  やはり女性は「しみず」さん、その人だった。   「……急いでいるので……」  彼女が美しい瞳を曇らせながら身をひこうとすると、ニット帽を被った男が彼女の行く手を阻むように立ち塞がった。  ニット帽の間からは金色に近い髪が覗いていて、耳には沢山のピアスが輝いている。  ヤバい……。 「しみず」さんが悪者に……。  何だか悪そうな男の風貌に、思わず足がすくんで、膝が震える。  でも、僕はこんな時の為にボディーガードをしていたんだ……。  僕は意を決すると、彼らの前に躍り出た。 「……い、嫌がってるじゃありませんか!」 「ああ?」  パーカーのフードを頭からを被った男が、ポケットに手を突っ込んだまま僕に顔を近づけた。  ——僕が来たからにはもう安心です。僕が君の事を守ってあげるよ。  僕は心の中でそう呟きながら、背中に向けられる「しみず」さんの熱い視線を思って悦に入った。 「……こ、ここは僕に任せて逃げて下さい!」  僕は両手を広げて背後にいる「しみず」さんに声をかける。 「はい!」  すると「しみず」さんは大きな声でそう答えると、僕の勇姿には目もくれず、駅とは反対の方向に一目散に走っていってしまった。 「……えっ?」  人混みの中に小さくなっていく「しみず」さんの背中を、僕は空な目で追いかけた。 「お前、あの女の何なの? 随分とカッコ良い事してくれんじゃん!」  ニット帽を被った男も僕に近づいてくる。  僕よりちょっと背の高い彼の吐く息が、僕の鼻の辺りにかけられる。 「いや……、その、えっと……」  キュウと心臓が縮み上がる気がした。  女子に話しかけられた時とは違う、嫌な汗が脇の下を伝っていく。  パーカー男の黒いサングラスが街の明かりを返してギラリと光る。 「えーと……」  守るべき人がいなくなった背後に僕が一歩下がると、女性の声が届いた。
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