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キィと音を立てながら僕は重い扉を押し開けた。
「響子さん、おかえりなさい」
カウンターの中にいた女性店員がホッとしたような声を上げる。
「音の食堂」のキッチンで調理をしているのはいつも響子さんと呼ばれた女性だ。
接客を担当しているのは男性の時と、今目の前いる女性の時がある。
女性店員は、僕と同じ25・6歳ぐらいだろうか、僕の地元のゆるキャラ「リッスー」に似ていて、何だか脱力系の顔をしている。
「一人で店番、緊張しましたよー」
リッスーが情けない声を上げる。
「琴音さん、お待たせしてごめんなさいね」
響子さんは手早く身支度を整えながら、彼女に優しい笑顔を向けた。
「キュウリありましたか?」
リッスーの言葉に、響子さんがエコバッグの中からキュウリを取り出しながら答える。
「向かいのコンビニにはなかったけど、駅前通りまで行ったら、ありましたよ」
カウンターの向こう側で交わされる二人の会話に耳を傾けながら、僕は「あれ?」と首を捻った。
響子さんは女性だ。
下ろせば肩ほどの髪を後ろできっちり結び、いつも洗いざらしの白いシャツに紺色のパンツを合わせていて、どこか中性的な雰囲気をもっているけれど、黒縁メガネの奥からは柔らかな輝きを持った瞳が覗いているのを僕は知っている。そして細やかな心遣いもとても女性らしい。
響子さんの年の頃は40代後半くらい。僕の母親と大して変わらないだろう。白髪もあって目尻や口元には皺もある。
それでも響子さんはやっぱり女性だ。
本来ならば怖い怖い女子なのだ。
僕は女性なら、お婆さんだって怖い。
電車で席を譲る時だって、いつもビビリまくっている。
それなのに、僕はさっきまで響子さんと普通に喋っていた。
チキンライスが食べられるのが嬉しくて、いつも座っているテーブル席ではなく、カウンター席に座ってしまったぐらいだ。
「ご注文はカオマンガイでよろしいですか?」
「もちろん」
話しかけられてもやっぱり平気だ。
あの穏やかな眼差しを向けられて、逆に嬉しいくらいだ。
もしかして、響子さんのおかげで僕の女子嫌いが治ったのだろうか。
それとも、女子と話すよりもずっと怖い思いをして、女性が怖くなくなったのか……。
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