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「お待たせ致しました」
リッスーがトレーに載せて運んできた物を見て、僕は首を傾げた。
チキンライスが、……赤くない。
ケチャップの焼ける香ばしい匂いもしない。
「こちらのタレをかけてお召し上がり下さい」
彼女の言葉にトレーの上を見ると、小皿に入れられた赤茶色のタレが添えられている。
手に取ってみると、その液体はどこかエスニックな香りがしていた。
響子さんは「普通のチキンライスとはちょっと違う」と言っていたけれど、これは「ちょっと」ではなく大分違うかな。
ほんのりクリームがかったご飯の上に、茹でて縦長にカットされた鶏肉がこれでもか、という具合にのせられていて、そのまま「チキンとライス」といった感じだ。
それでも、鶏肉のふくよかな香りとタレの独特な匂いに食欲が刺激される。
タレの入った白い小皿を傾けると、トロリとした液体が艶やかに茹で上げられた鶏肉と、その下に敷かれたご飯にゆっくりと染み込んでいく。
添えられていたスプーンを肉の上に添わすと、柔らかく茹でられたそれは、事もなく切り分ける事ができた。
ショウカとニンニクの香味と、どこか魚介の香りが漂う深い旨味。濃厚な甘辛ダレはクセになりそうな味わいを持っていた。
鶏の茹で汁で炊かれたというご飯は、鶏の美味しいところを全部その中に吸い込んでいながらも、粘りの少ないタイ米を使っているので、パラリと仕上がっている。
柔らかい肉と薄味ながらコクのあるご飯、それらをまとめ上げる極ウマのタレが絶妙なバランスで、思わずあとを引くのだ。
そして添えられているスープもまた良かった。
パクチーを浮かべただけのスープは、鶏出汁のシンプルな物で、こってりとしたカオマンガイの口直しにはもってこいだった。
「響子さん、このチキンライス美味いっすよ」
僕は思わずキッチンにいる響子さんに声をかける。
「お口に合って良かったです」
響子さんは目元に柔らかな皺を寄せて微笑んだ。
「スープも美味い。シンプルだけど、鶏の味がしっかり出てる」
「ありがとうございます。スープは鶏を茹でた時の残りで作った物なんですよ」
「えー、残り物なんて思えないなー」
僕は残っていたチキンスープをゴクゴクと飲み干した。
「実は昔、タイ料理屋でバイトをしていたんですけど、その時このスープにご飯を入れて賄いで出していたら、それが好評で……。それからスープご飯の店をやるようになったんですよ」
「へー、そうだったんですね。あのチキンスープご飯、とっても美味しいですもんね」
横からリッスーが口を挟んでくる。
僕が響子さんと喋っているのに、割り込んでこないで欲しいな。
「だから時々昔を思い出して、裏メニューでカオマンガイとかガパオなんかもお出ししているんですよ」
「じゃあ、今日は当たりの日ですね!」
「そうですよー。響子さんのカオマンガイ、私も今日が初めてなんですよ。お客さん、運がいいですね」
リッスーはなんだかのほほんとした声でそう言うと、こちらに屈託ない笑顔を向けてみせた。
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