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よく冷えたグラスを受け取ると、僕はステージが見える位置へと移動する。
幅4メートル程しかない狭いステージ前はもう既に人で一杯で、僕は仕方なしに背の低い女の子達の直ぐ後ろ側についた。
彼女達の甘い香りがふわりと鼻をくすぐると、再び心拍数が上がっていくのを感じる。
でもこれから響子さんのステージなのだ、ここでへこたれる訳にはいかない。
僕はグッとお腹に力を入れると、良い香りのする髪の毛の向こう側を覗き込んだ。
人の頭で響子さんの姿は良く見えない。
僕がキョロキョロしていると、最前列に並んでいた人達が、しゃがんで後ろの人達の視界を空けてくれた。
なんてマナーの良い人達なのだろう……。
そんな事を思いながら開けた視界の向こう側に目をやると、胡座をかいて黒い床の上に座る響子さんの姿が目に飛び込んできた。
いつも通りのざっくりとした白いシャツに、紺色のパンツ姿。
けれど、そこには……。
何も楽器は置いていなかった。
店にピアノは置いていないのは知っていたけれど、アコギか、あとはバイオリンとか何となくそんな感じをイメージしていた。
そこに置いてあるのは沢山の銀の皿。
しかも、それらは使用感満載というか……、みんなボロボロなのだ。
表面はキズだらけで凹みも沢山ある。
大きさも大小様々で、四角いのも、丸いのも……。
それらが無造作に床の上に置かれている。
ひっくり返して置かれている物すらあった。
でも、ただそれだけだ……。
そして、響子さんがふいっとキッチンの方へ目をやると、フロアの灯りが静かに落された。
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