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「そう言えば、リッスー、珍しくスーツ姿だね」
仕事が終わってからそのまま「音の食堂」に寄った私の格好は、紺色のタイトスカートとジャケット姿だ。
「リッスー……?」
渡辺さんの言葉に私は首を捻ってみせる。
「ああそうか、リッスーは、もしかして昼間は別の仕事してるの?」
「……そうなんです。まだ前の仕事を辞めていなくて……」
「そうなんだー。だからリッスーたまにしかいないんだね」
いつの間にかキッチンに戻って来ていた佑弦さんが、何やら下を向いて肩を震わせている。
「でも2月一杯でそっちは完全に辞めるので、もう少し『音の食堂』にも顔を出せるようになると思いま……」
「……ぶははははっ!」
突然の佑弦さんの笑い声に、私達は驚いてキッチンに目を向けた。
「……リッスー! マジウケる……。俺も初めてコイツ見た時、何かに似てんなー、って思ったんだけど、確かにリッスーだ!」
佑弦さんは目尻に涙を浮かべながらお腹を抱えて笑っている。
「リッスー、知ってるんすか?」
「……俺、実家が隣りの町だもん」
「マジっすかー? 僕、里寿山市ですよ」
「マジ? 高校どこ?」
「僕、里寿山高です」
「俺、大山台高」
「えーっ近いっすねー」
……何だ、佑弦さん、田舎者じゃん。
「……あの、リッスーって何ですか?」
何だかローカルな話題で盛り上がっている男子達に向かって、私は遠慮気味に声をかけた。
「ああ、里寿山市のマスコットキャラクターです。ゆるキャラのグランプリで105位になった事もあるんですよ」
105位……。微妙……。
『里寿山の豊かな森で暮らす、リスの姿をした妖精。ちょっと天然で呑気な男の子、リッスー!』
キャッチフレーズを口にする二人の声が綺麗に重なる。
男の子……。
「渡辺さん。お前、結構面白いヤツだな」
佑弦さんはそう言って、飾らない笑顔を渡辺さんに向けた。
「音の食堂」にライブ出演するアーティストはベテラン勢が多く、お客さん達も自然と年齢層が高くなる。そしてランチの時間は女性客が多い。
普段、何も考えずに言いたい事を口にしているように見えて、佑弦さんは佑弦さんなりに一応気を使っていたのだろうか。
同世代の渡辺さんと喋っている佑弦さんは、肩の力が抜けて何だか自然体に見えた。
でも佑弦さん、お客様に「お前」はマズイと思うな……。
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