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「お待たせ致しました」
女性店員の運んできたものを見て、あたしはしまったと思った。
木製のトレーの上に載せられた真っ白な器の中では、具沢山のスープご飯が美味しそうな白い湯気を上げている。
その乳白色の液体を見ると何となく思い出してしまうのだ……。
ズキズキと胸が痛む気さえしてきた。
それでも、その柔らかく揺れる蒸気からはエスニックな香りが立ち昇っていて、自分のお腹がぐうと音を立てるのがわかった。
あたしの気持ちにはお構いなく、体は乳白色のスープを欲しているのだ。
添えられていたレンゲで掬い取ってみると、それはただの乳ではなく、鶏肉の油分が表面にキラキラと浮かぶ、美味しそうなスープである事がわかって、あたしはホッと胸を撫で下ろす。
入れられている具は、鶏肉とマッシュルームとヤングコーン、彩りが鮮やかな赤いパプリカ、てっぺんにはパクチーが添えられている。
口に運ぶと、まずは魚介の旨味を濃縮したナンプラーの独特の香りが鼻へ抜けていく。
そして口に広がるのは、その見た目からは想像できない、柑橘系の酸味。
ワンテンポ遅れてからやってくる唐辛子の辛みは、ココナッツミルクのコクによってまろやかになっていて、レンゲを動かす手が止まらない。
タイ料理でトムカーガイという鶏肉のココナッツミルクスープがある。
酸っぱくて辛いトムヤンクンに対して、トムカーガイはココナッツミルクの甘味がそれを程良く中和していて、酸っぱ辛いのが苦手な人にも比較的食べ易くなっているのだ。
目の前のスープは、本場のトムカーガイに比べてハーブの香りが控えめになっているけれど、それは手を抜いているというよりも、日本の白米に合わせて程良く調整されているように思える。
唐辛子の刺激の裏側には生姜の辛みもしっかりと効いているし、ナンプラーの豊かな旨味とココナッツミルクの深い味わいが沢山の具材をバランス良くまとめ上げている。
ココナッツミルクは牛乳と違ってマイルドながらも濃厚でコクがあり、食べ応えも抜群だ。
あたしが酸味の効いたスープの残り一口を白いレンゲに掬い取ろうと器を傾けていると、金属製の扉がキィと音を立てた。
楽しそうにお喋りをしながら入ってきたのは一組の男女。
何気なくそっちに目を向けたあたしは心臓が止まりそうになった。
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