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人懐こそうな少し茶色味がかった瞳。
瞳の色に合わせてナチュラルにカラーリングされた猫っ毛の柔らかそうな髪。
いつもふにゃりと笑ったように見えるあひる口。
いつの間にかあたしの手から離れたレンゲは、同じ白い陶器の器に当たってカランっと小さな音を立てた。
「……ひ、浩人……」
あたしの口から漏れ出たようなその言葉は、フロアを満たす小気味よい音楽と楽し気な人々の話し声にかき消され、多分入り口付近にいる浩人までは届いてはいないだろう。
それでも、クリクリとした二つの大きな目は、吸い込まれるように店内の一番奥の方に向けられる。
そして、そこにいるあたしの姿を確認すると、更に大きく見開かれた。
オレンジ色の優しい灯りの下でもわかるほど、そのブラウンの瞳は激しく揺れ動いている。
駆け出していって、そのヒゲ脱毛でツルツルになった頬を張り倒してやりたい。
そう思ったけれど、あたしの体は固まったままその場から動けなかった。
慌てて引き返そうとする浩人。
それを引き止めようとする連れの女の、尖らせた唇が艶めかしくて……。
顔を振る度に揺れるピンクブラウンの髪があまりに眩しくて……。
あたしは動く事ができなかったのだ。
本当は、彼の首根っこを押さえ付けて、今までの怨みをぶちまけてやりたかった。
けど……、ザンバラ髪に眉毛のない妖怪のような見苦しい姿で喚き散らすあたしと、「きゃあ」と可愛らしい声を上げて、そのピンク色に輝く口元を押さえる女。
誰がどう見たって悪役はあたしだ。
人として最低最悪な事をしたのは浩人なのに……。
どう足掻いたって、あたしには勝目がないのだ。向こう側にいる人達には……。
そう思うと足がすくんで動けない。
あたしは現実世界から逃げだすように、目の前にあるオレンジ色の液体が入ったグラスに目を移した。
ガラスの表面で小さく店内の灯りを返していた滴が、自身の重みに耐えかねてツーっと滴り落ちていく。
いつの間にか、古いカウンターの上にはグラスの形に小さな水溜りができていた。
不満そうな彼女をなだめるようにしながら、浩人はあたしの視界の隅から消えていく。
キィと小さな音を立てて、向こう側へと続く扉はゆっくりと閉じられた。
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