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「本日はご来場頂きまして、ありがとうございます。私、須藤 晴彦と申します」
一曲目を終えると、手前にいた男性が客席に向かって声をかける。
「この楽器はテルミンといいます」
テルミンって何だっけ?
何だか聞いた事あるような……。
あたしはスツールから降りると、ステージに近づいていく。
男性の前にあったのは、背の低い女性なんかではなく、一本の黒いスタンドで支えられた白っぽい平らな箱。
そして、男性の右手側からは上に向かって細い金属の棒が伸びていて、左手側には横に向かってU字のように曲がった金属の棒が出ている。
「私は楽器に触れる事なく、超能力で演奏する事ができるんです」
クスリとも笑いのおきない客席に、男性は白いものが少し混じる頭をポリポリとかいてみせた。
「……えー、テルミンは世界最古の電子楽器とも言われています。テルミンには二つの高周波発信器が内蔵されていて、こうやって手を動かす事で電磁場に変化を与え、音を出します」
そう言って男性が左手を動かすと、楽器には一切触れていないのに、クーンと優しい音が鳴る。
さっきから聴こえていた女性の声だ。
「右手の動きで音階を、左手で音量を調節します」
そうか、「オモシロ楽器映像」みたいなのでテルミンという楽器が紹介されていたのを思い出した。
その時は、幽霊の効果音みたいな音を出していただけで、ちゃんとした音階のある曲を演奏している訳ではなかった。
こうやってステージで楽器として演奏するのを見るのは初めてだ。
でも、微妙な手の位置でメロディーを奏でるなんて、何だかとても難しそう。
「えー、そして今日は、素敵なイケメン君にサポートに来て貰ってます。ベースの佐渡 佑弦君です」
彼がそう言って後ろを振り返ると、肩からベースを下げている若い男性がペコリと頭を下げた。
すると、ステージ前に陣取っていた女の子達の間から盛大な拍手がおこる。
多分彼女達はベース男のファンの子達だろう。
そこだけ他の客達と雰囲気が違う。
クラゲカットに整えたホワイトシルバーの髪。
見事な薔薇のタトゥーが咲き誇るオフショルダーの首元。
編み込みでアレンジされたツインテールはミントグリーンに揺れている。
それでも、ベース男は彼女達に視線を向ける事もなく、ただ無表情にステージの床の上を見つめているだけだ。
確かに彼は整った顔立ちをしている。
でも、イケメンと紹介されたのにも拘わらず、それを否定する事もなく、客席に向かって笑顔を向ける訳でもなく、平然としている態度が何だか鼻につく。
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