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テルミン奏者の男が、ベース男に向かって小さく頷いてみせる。
白く長い指先がベースの太い弦をゆっくりと弾くと、低く柔らかな音が狭い店内に緩やかに広がっていった。
ゆるりとしたテンポのベース音がワンフレーズ流れたところで、テルミンの歌声がそれに重ねるように奏でられていく。
男の弾き出すベースの音色は何だかとても優しくて、泣いているようなテルミンの声を柔らかく包み込んでいくようだ。
叙情的に歌い上げるソプラノと、包容力をもってそれを支えるテノールの二重唱でも聴いているみたい。
ベースの音ってこんな優しい音色だったっけ。
あたしは思わずそう思ったけれど、そういえば今までひとつひとつの楽器の音だけをじっくりと聴いてみた事なんてなかった。
一つにまとまった楽曲としてしか意識した事なかった。
ノリが良くって踊れなきゃ、聴く意味ないって……。
もしかしたら、一年前のあたしだったらつまらないと思ったかもしれない。
もしかしたら、昔だったら、やっぱりテルミンの音色はただの電子音にしか聴こえなかったかもしれない。
あたしの中でずっと巣食っている、泣き出したい気持ちが、どうしようもない思いが、そう聴こえさせるんだ……。
けど、あたしの乾いた瞳からは涙は出ない。
半年くらい前からずっとそうなんだ。
自分の心と体が別々のものになっちゃったみたい。
あたしの体は自分の意志とは関係なく求めていく。
今だってそう。
ズキズキと痛み出す。
そろそろ限界かも……。
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