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もうこれ以上耐えきれない。時間切れだ。
啜り泣くようなテルミンの最後の歌声が、フロアに静かに吸い込まれていくと、周りからパチパチと拍手が起こる。
客電がつけられた時には、既にベース男の周りをファンの女の子達が取り囲んでいて、それでも男は愛想を振り撒くでもなく、声をかけてくる女子に時折無表情に頷いてみせるだけで、淡々と機材を片付けていく。
この店のステージ裏に楽屋は作られていないようで、この後に使用される機材は、フロアの隅に寄せられたテーブルの上に置かれていた。
ベース男達が撤収しきらないうちから、次の出演者達がセッティングを始めるものだから、ステージ前は途端に賑やかになっていった。
にこやかに挨拶をかわしながら作業を続けるアーティスト達。それを取り巻くファンの子達。そしてドリンクを注文する客達。
さっきまでしっとりと緩やかな時間が流れていた空間は、あっという間に賑やかなバーへと姿を変えていた。
転換の間にトイレに行く人達の波が過ぎ去るのをしばらく待ってから、あたしは人目につかないよう、静かに金属製の扉を開けた。
急いでトイレに駆け込むと、後ろ手にしっかりと扉の鍵をかける。
そしてあたしはバッグの中からアレを取り出した。
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