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「そう、それは大変でしたね……。でも今はお母様がいらっしゃるんですよね」
「……はい」
「子供を育てるのは母親だけじゃないんです。大事なのは、赤ちゃんに愛情をたっぷり注いで育ててあげる事。母親じゃなくても、父親じゃなくても、血の繋がりがなくたって……。時には行政を頼ったって良いんです」
「美緒……娘の事が可愛くない訳じゃないんです」
それは嘘じゃない。
私の指を握り返してくるその小さな指も、その先に申し訳程度に付いている薄い爪も、ぷくぷくとした頬と、その間に配置される小さな口や鼻、こっちを見上げてくるクリクリとした目も、たまらなく可愛いとは思う。
全てのパーツがミニチュアサイズに作られているそれを守らなければ、とも思う。
瑠璃達に「可愛い」と言われれば、自分の事のように嬉しい。
でも、母乳をあげてもオムツを替えても泣き止まない時はイライラするし、やっと眠れると思ったら泣き出した、なんて時は「勘弁してくれ」と思ってしまう。
そういう事が溜まってくると、何だかふっと体から魂が抜け出していくように感じる時がある。
目の前で泣いているのは、人間じゃない別の生き物で、これは別の世界で起こっている出来事。
顔を真っ赤にして声を上げている謎の生き物と、その前に佇んでいる母親失格のダメ女。
どこか別の場所から、テレビでも見るようにそれを眺めている。そんな感じ。
でもそれを現実に引き戻すのは、いつだって母乳製造機となったあたしの体だ。
美緒の泣き声を聞くと、自動的に胸が張ってくるのだ。
そして、あたしは心の一部をどこか別の世界に置いてきたまま自分の子供を抱き上げる……。
自分の体と心が上手く噛み合わないまま、あたしは目の前にある育児をただ機械的にこなしていくのだ。
自分が妊娠するまでは、母親ってもっと完璧なものだと思ってた。
ママみたいに、自分の事よりも娘の事を最優先にするのが母親だって。
そして、そういう「母性愛」は、赤ちゃんを産めば自動的にやってくるものだと思ってた。
けど、そうじゃなかったんだ。
自動的に母親になったのは体だけで、あたしはあたしだった。
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