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ふと聞き慣れた声がしたような気がして、あたしは入り口の方に顔を向けた。
「……22歳の女の子なんですけど、ピンクのパーカーとグレーのスウェットを着ていて……」
抱っこ紐をくくり付けたまま、客だろうが店員だろうが構わず声をかけまくっているのは……。
「……ママ」
思わず漏れた言葉に、あたしとよく似た黒い瞳がこっちに向けられる。
そして店の奥にいるあたしの姿をその目に捉えると、眉と眉の間にシワを寄せた。
店内でくつろぐ客を押し退けながら、ママは険しい表情のまま近づいてくる。
「莉緒!」
ぶたれる……。
ママの強い口調にあたしは思わずぎゅっと目を瞑る。
けれどその後にやってきたのは、ふわりと香るミルクの匂いと美緒のふわふわの髪の感触。
そしてあたしの背中にまわされるママの腕だった。
「ママ……」
「……良かった。莉緒、あなたが無事で……」
美緒は二人の間に挟まれても、周りが騒々しくても、全く気にする様子もなくぐっすりと眠っている。
ママにハグされるのなんて何年ぶりの事だろう……。
小さい頃、あたしが泣き喚いていると、こうやって良くママが抱きしめてくれた。
そうすると不思議と気持ちが落ち着いて涙が止まるんだ。
泣いていた理由は良く覚えていないけど、多分些細な事。
上手くリボン結びができなかっただとか、友達が「美少女戦隊フローリアン」のおもちゃを貸してくれなかっただとか。
でもこうやってぎゅっと抱きしめて貰うと、そんな事どうでも良くなっちゃうんだ。
「……ママ、美緒が潰されてる」
私の言葉に、ママはやっとあたしから体を引き剥がす。
「あなた、このところずっと、何だか思いつめた様子だったから……。『散歩に行ってくる』って家を出たきりなかなか戻ってこないし、電話も出ないし、凄く心配したのよ」
「ごめんなさい……」
「パパなんて『警察に電話だ!』なんて慌てちゃってるから、『瑠璃ちゃん達と息抜きしてるのかも』って
引き止めるのに大変だったわ」
「パパったら……」
いつも優しくあたしを見守ってくれている、線のように細い瞼に包まれたパパの瞳を思い出すと、何だか心がふわりと柔らかくなっていくような気がする。
美緒を妊娠する前は、連絡もせずに朝帰り、なんて事、時々やってたんだけど、その度にママとパパはこんなに心配してくれていたんだ……。
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