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ことば
聡は二年前、俺らのいる高校に転校してきた。
都会から来た聡に、俺らは興味津々で。どことなく賢そうでお洒落な雰囲気。同級生のはずなのに、大人っぽい聡と接しているうちにだんだんと意識してきた。髪をかきあげる仕草、たまに見せる子供のような笑顔。喧嘩した時の顔…。
「お前が好きなんじゃけど」
そう言ったのは一年前。学校からの帰り道に、誰もいないのを確かめて、告白した。
「その言葉、なんか威圧感あるね」
キョトンとしたあとに、プッと笑い出した聡。嫌がりもせず笑ったので少しホッとした。その後も、聡は特に変わった様子もなく、接してくれた。恐る恐る手を繋いでも、顔に触れても聡は嫌がらない。
ある日、意を決してキスをしようとして、ふと俺は聡に聞いた。
「嫌じゃ、ないん?」
ニャッと笑う聡。
「好きじゃなきゃこんなこと、友達でもしないだろ」
そのまま、キスをすると聡の耳が真っ赤になっていたのを今でも覚えている。
付き合ってても友達でもある俺ら。喧嘩することもしょっちゅう。たいてい、俺がぎゃあぎゃあ言って聡は冷静だ。
「聡、はぶてとった(ふてくされていた)けど大丈夫なん?」
中学生時代からの友人、野上が笑いながら聞いてきた。
「知らん! ほっときゃ機嫌治るじゃろ」
「あーあ、かわいそうに」
「やかましいわい!」
何で喧嘩してたのかもう覚えていない。
野上と別れた後、下駄箱でばったり聡に出会って目があったのに顔を背けられてカチンときた。そこからまた俺はぎゃんぎゃん言ってしまう。
俺もたいがい、気が短いのはいけんけど、聡も涼しげな顔をしてるのが気にくわん。いつだってそうだ。
何を考えとるんか、怒っとるんか、それとも呆れとるんか。本当に俺を好きなんか?流されとるだけじゃないんか?
いつまでも標準語で話す聡。方言のひとつもでない。もうこんなに住んでるのに。一緒におるのに。
「健二、落ち着けって」
「こっちが田舎もんじゃけ、バカにしとんじゃろ。じゃけぇ聡はいつまでも標準語で…」
「は?」
聡はキョトンとしていたが気がついたようで大笑いした。
「何、笑っとる」
「もしかして俺が方言喋らないから寂しかったんだ?」
「な、何言いよる…」
聡は周りに誰もいないのを見計らって突然、俺の体を抱きしめた。
「方言ってさ、他のとこから来たやつからしたら、初めて話す時って勇気いるんだよ。使い方間違ってたら恥ずかしいだろ」
「そうなん?」
「じゃけど、健二が寂しがるなら使うようにする」
あ、「じゃけど」って言った!
だんだんと聡が抱きしめてくれる力が強くなる。こうなるともう、降参だ。
「…苦しいけぇ、離せ」
ニヤニヤする聡。俺だけがひとり怒ってたようで流石に恥ずかしくなってきた。
「もう機嫌なおった?」
その返事の代わりに、俺は聡にキスをした。
【了】
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