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 ――ああ、初のラブホが、記憶無しって、どうよ……あたし……。  ズキズキとする頭に、アホみたいな感想が浮かぶ。  アラサー二十九歳、仕事もプライベートも、何事もなく平和。  生きていければ、それでOKだったのに。  杉崎(すぎさき)茉奈――生涯初の不覚。  飛び出した後に周囲を見回し、自分がラブホと言われるだろう場所にいた事に気づき、慌ててダッシュ。  そのまま交差する通りに出て、何となく記憶をたどった。  見覚えのある大通りは――三年以上帰っていなかった、地元の国道だ。  ――そして、昨日は、五歳下の妹――奈津美(なつみ)の、結婚式だった。  トボトボ、と、歩道を歩き出す。  今日は日曜。朝から動き出す人間は、そんなにいないようで、平日ほど車通りは多くない。  ここから実家までは、たぶん、車なら五分――でも、歩けば二十分はかかるくらいの距離だろう。  けれど、頭を冷やすにはちょうど良いと思い、あたしはそのまま歩き続けた。  ――……自分でも、記憶が無くなる程に飲んだ覚えは無いんだけどな……。  その上、誰かわからないようなヤツと――……。  そこまで考えて、あたしは我に返った。  ――……え。  ――……あれ……。  ――……あたし、もしかしなくても、ヤッちゃった……!!??  一瞬で真っ青だ。  何て事。  真面目くらいしか取り柄が無い――……可愛くて明るい妹とは正反対のあたしが……?  ――酔いに任せて……!!?  その事実に、ひたすらうちのめされる。  別に、処女に未練があった訳でも、好きな男がいた訳でもない。  でも――……。 「せめて……記憶は残ってほしかったわ……」  そうつぶやくと、あたしは、再び歩き出す。  とにもかくにも、周りにバレなきゃいいんだ。  ――……まあ、会社でも、家でも、あたしが何しようと気にされる事もないから、心配無いか。  あたしは、そんな事を考えながら橋を渡り、昔よく歩いた県道にたどり着いた。  見慣れた片道一車線の道路の歩道を、五分ほど歩くと、地元の中小企業が集まるエリアの中、こじんまりとした食堂兼飲み屋が見える。  ――”食事処 すぎや”  母親が一人、八年間切り盛りしている、十人入れば満員のような店。  あたしは、そこの脇から奥に入り、久しぶりの実家を見上げた。  記憶の中と、ほとんど変わりない、何の変哲も無い一戸建て。  ほんの少しの懐かしさを感じつつ、あたしは、実家の鍵を出そうとして、固まった。  ――……アレ……??  一瞬で、血の気が引いた。  あたしは、持っていたカバンの中身を漁る。  財布や、ハンカチ、ティッシュなどの細々したものはあるのに――スマホもキーケースも無い。  致命傷とも言える紛失物に、息ができない。  ――うそっ……!!  すると、真っ青になっているあたしの目の前の扉が、突然開き、思わずぶつかりそうになってしまった。 「物音がすると思ったら――何やってんのよ、アンタは」 「――……母さん」  眉を寄せながら、あたしを見ているのは、実の母親だ。  昨日は、妹の花嫁姿に感動してボロボロ泣いていたせいか、まだ目は腫れぼったい。 「ど、どうしよう!家の鍵……」 「ああ、奈津美から電話あったわよ。アンタ、照行(てるゆき)くんのお友達に感謝しないさいよ」 「……は?」 「拾ったって、電話があったって。スマホと鍵入れ。……まったく、アンタ、一つならまだしも、何で二つも貴重品落としてくるんだろうねぇ」 「……え、拾……?」 「昔から、真面目だけが取り柄なのに、どこかヌケてるんだから」  あきれたように言う母親の後ろ姿に、あたしは、違和感しかなかった。
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