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それから、かなり適当な感じで有名どころのお菓子を買った岡くんは、改札に向かう。
――そろそろ時間だ。
「――……じゃあ、行きますね」
「――ええ。気をつけて帰りなさいよ」
何の感情も込めずに、淡々と返す。
恋人なら、ここで涙目にでもなるのだろうけれど、生憎、そんな関係ではない。
「あと二週間、良いコで待ってますから……会いに来てください」
「……時間があったらね」
茶化すように言う内容は、彼にとっては切実なものなのだろう。
今の状況では、帰ったとしても、あたしが動かなければ会う事もできないのだから。
それでも、必ず会いに行くとは言えなかった。
岡くんは、ほんの少しだけ悲しそうに微笑み、踵を返すと、振り返らずに改札の向こうへ消えて行った。
――……その後ろ姿を、思わず追いかけたくなったのは――きっと、こんなイレギュラーな状況のせいだろう。
そのまま、どこに寄る事もなく、少々迷いながらも無事にマンションにたどり着くと、大きく息を吐いて、隣の早川の部屋のインターフォンを鳴らした。
『――おう、お帰り』
そう言って、少ししてドアが開く。
半分寝ぼけたような表情だったので、仮眠を取っていたのか、もしくは疲れて寝落ちていたか。
「……悪かったわね、疲れてるところ」
かなり無理を言った自覚はある。
だが、早川は少し乱れた髪を手ぐしで軽く直しながら、苦笑いで首を振った。
「だから、お前の頼みなんだから、断る訳ないだろうが」
「……ありがと」
「で、アイツは帰ったのか」
苦々しい表情で尋ねる早川は、だが、それほど邪険にも思っていない雰囲気だ。
「ええ。――あと二週間、良いコで待ってるそうよ」
「……ンだよ、そりゃ」
「――でも、もう二週間、なのね」
自分で言って、ようやくその時間の短さを感じる。
あと半月。
その間に、新人二人が独り立ちできるような教育をしなければ。
――古川主任に、期待外れと思われるのは心外なのだから。
「……まだ二週間、だ」
早川は、自分に言い聞かせるように言う。
「――あっという間よ」
あたしは、それを否定するように返した。
「――……それより、本題。お礼するって言ったじゃない。……夕飯くらいなら、作るけど……どこか出た方が良い……?」
「お前の料理の方が良い」
「即答しないでよ」
完全にこちらの負担なのだから。
「……いや、俺も手伝うし」
「……二度手間だからいらない」
「じゃあ、作ってるトコ見たい」
「――……邪魔しないでよ」
あたしは、あきれたように言うと、また、六時に、と、約束をして自分の部屋に戻った。
そして、そのままベッドに倒れ込むと、顔を伏せる。
――……胸が痛むのは、二人への罪悪感か。
「……ずっと、このままなんて事は――できないのよね……」
二人といると、それぞれに対しての想いが、わからなくなる。
それは、自分の気持ちがハッキリしていないからで――わかっているけれど、心のどこかで、自覚したくないという気持ちもあるのだ。
「――……ホント、ズルいわね……」
長い間、向き合う事を避け続けてきた自分は、存外、ズルいという事を、今さらながら再確認した。
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