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マンションに着くまで、心臓は早鐘を打ったように鳴りっぱなしだった。
チラリと後方を確認するが、先輩らしき姿は見えず、無意識に息を吐いた。
震えている足を無理矢理動かし、部屋にたどり着くと、すぐに中に入り鍵をかける。
そして、そのまま、その場にへたり込んでしまった。
――何で。何で。
パニックになりかけた頭で、どうにか考える。
店に行ったという事は――奈津美とも顔を合わせているはずだ。
あたしは、無意識にスマホを取り出すと、奈津美のスマホの番号を押した。
店は、まだやっているはず。
でも、あのコの事だ。スマホは持ち歩いているだろう。
そう思ったが、出たところで何を話せば良いのか。
戸惑っているうちに、通話状態になる。
だが、聞こえてきた声は、聞き慣れた奈津美の声ではなかった。
『もしもし、義姉さん?』
「――え」
完全に不意打ちを喰らってしまった。
あたしは、スマホを耳から離すと、相手先を確認。
やっぱり奈津美の番号だ。
そして、あたしをそう呼ぶのは、ただ一人だけ。
「……て、照行、くん?」
『ああ、ハイ。すみません、奈津美のヤツ、スマホ、リビングに置きっぱなしで店に行ってて。表示が義姉さんだったから、緊急なのかと思って』
確かに、あたしが奈津美のスマホにかけるなんて、滅多に無いのだ。
「――ごめんなさい。大した用じゃないの。……部屋の掃除とか、ちょっと気になっちゃって……」
照行くん相手に、先輩の事を話す訳にもいかない。
あたしは、ごまかしながら電話を切ろうとする。
『あ、義姉さん、あのっ……』
「え?」
すると、慌てたように呼び止められ、あたしは目を丸くして、照行くんの言葉を待った。
『――……何か、困った事あったら……いつでも連絡ください。奈津美でも、おれでも――将太でも良いんで……』
「……ありがとう」
あたしは、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
その代わりに、一番、彼に頼みたい事を告げた。
「――照行くん……。……奈津美を、お願いね」
奈津美を守る役目は、既に、あたしではなく、彼に移ったのだ。
――これからは。
あたしは、彼の返事も待たずに電話を終えた。
そして、スマホを握りしめる。
――でも、これまでの、あたしの役目は、まだ終わってない。
あの男から――奈津美を、家族を守る。
――それが、会わせてしまった、あたしの責任なんだから――。
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