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 翌朝、寝不足気味の頭を、どうにか叩き起こし、あたしは会社に向かった。  徒歩で通えるように、歩いて十分のところにアパートを借りている。  けれど、今日だけは、タクシーを使いたくなってしまった。  ――まあ、絶対に使わないけれど。  いつもの数倍の時間をかけて歩くのは――まだ痛みと違和感は完全に無くなっていなかったせいで。  思わずため息をついてしまう。 「朝っぱらから、シケた顔見せるな」  すると、後ろからカチンとくるようなセリフが聞こえ、あたしは横目で声の主を見上げた。  営業部主任、早川(はやかわ)崇也(たかや)――同い年の天敵だ。  今日も今日とて、仕立ての良いスーツに、高身長で、俳優まがいの見栄えの良い外見(そとみ)を包んでいる。  いよいよ夏も間近というのに、汗ひとつかいていないのは何でだ。   「――おはよう」 「珍しいな。杉崎がゆっくり歩くなんて」 「うるさいわね。放っておいて」  あたしは、早川を無視して、歩く速度を速めようとするが、ズキリと痛みを感じ、その瞬間、足がもつれた。  ――あ、ヤバイ。  転ぶのを覚悟で、目を閉じる。  けれど、アスファルトの感触は、数秒後にも来ないまま。  不思議に思ったが、腰に回された腕の感触に、抱き留められた事に気づいた。 「――お前なぁ……靴、すり減ってんじゃねぇのか?ちゃんとしたヤツ買えよ」  あたしを立たせながら、早川は眉を寄せて足元を見ると、そう言った。 「助かった。ありがとう。でも、靴は余計なお世話」 「セール品ばっかり、身につけてんなよ」 「支障ないから」  そう言い切ると、あたしは会社に向けて再び歩き出す。  早川は何やらごちゃごちゃ言っているが、完全にスルーだ。  コトあるごとに、何かしら言いがかりのような、ケンカの種を吹っかけてくるのだから、無視するに限る。 「おい、待てよ、杉崎」 「何」  多少のイラつきを覚えつつも、返事をする。  学生ではないのだから、そりの合わないヤツとも、それなりにコミュニケーションをとらなければならないのは、社会人の義務。  そう自分に言い聞かせ、早川を見上げる。  身長差約三十センチは、それだけでも首が痛い。 「――会社、遅れるじゃないの。用があるなら、早く言って」 「あ、いや……」  一瞬、口ごもった早川は、けれど、あたしを見下ろしながら言った。 「――俺が買ってやろうか、靴」 「は?」  早川は、そう言うと、もう一度、念を押すように続けた。 「今日、仕事終わったら、連れて行ってやるよ。俺が使ってるトコ」 「必要無い」  恩着せがましい言い方にカチンとくる。  あたしは、バッサリと断ると、足を進めた。  早川が慌てて追いかけて来る気配を感じ、振り返ると、あせったように続けられた。 「な、何だよ、可愛げ無ぇな」 「アンタに、どうこう言われたくない」  不意に、昨日の、岡くんの言葉が思い浮かび、あたしは眉を寄せながら返した。  ――可愛いかったですよ?  免疫の無い言葉は、まだ、あたしの中に居座っている。 「そんな黒の地味なパンプス、どうせ二千九百八十円くらいだろ。すぐ壊れるヤツに、金かけてないで、高くても良いヤツ長く履けば良いと思わねぇの?」  早川の、その言葉は、あたしの地雷を踏んだ。 「そんなの、主観の問題」  あたしは、早川をジロリと、にらみ上げる。 「あたしは、一万五千円の靴を十年履くなら、二千九百八十円を三年持たせた方が良い人間よ。――ちなみに、コレは、八千五百円で五年目」  それだけ言い残すと、あたしは歩くスピードを通常仕様に戻す。  痛みなど、関係ない。  早川の顔など、見たくないだけだ。  後ろで、まだブツブツ言っているけれど、今度こそ、あたしは足を止めなかった。  
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