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2
翌朝、寝不足気味の頭を、どうにか叩き起こし、あたしは会社に向かった。
徒歩で通えるように、歩いて十分のところにアパートを借りている。
けれど、今日だけは、タクシーを使いたくなってしまった。
――まあ、絶対に使わないけれど。
いつもの数倍の時間をかけて歩くのは――まだ痛みと違和感は完全に無くなっていなかったせいで。
思わずため息をついてしまう。
「朝っぱらから、シケた顔見せるな」
すると、後ろからカチンとくるようなセリフが聞こえ、あたしは横目で声の主を見上げた。
営業部主任、早川崇也――同い年の天敵だ。
今日も今日とて、仕立ての良いスーツに、高身長で、俳優まがいの見栄えの良い外見を包んでいる。
いよいよ夏も間近というのに、汗ひとつかいていないのは何でだ。
「――おはよう」
「珍しいな。杉崎がゆっくり歩くなんて」
「うるさいわね。放っておいて」
あたしは、早川を無視して、歩く速度を速めようとするが、ズキリと痛みを感じ、その瞬間、足がもつれた。
――あ、ヤバイ。
転ぶのを覚悟で、目を閉じる。
けれど、アスファルトの感触は、数秒後にも来ないまま。
不思議に思ったが、腰に回された腕の感触に、抱き留められた事に気づいた。
「――お前なぁ……靴、すり減ってんじゃねぇのか?ちゃんとしたヤツ買えよ」
あたしを立たせながら、早川は眉を寄せて足元を見ると、そう言った。
「助かった。ありがとう。でも、靴は余計なお世話」
「セール品ばっかり、身につけてんなよ」
「支障ないから」
そう言い切ると、あたしは会社に向けて再び歩き出す。
早川は何やらごちゃごちゃ言っているが、完全にスルーだ。
コトあるごとに、何かしら言いがかりのような、ケンカの種を吹っかけてくるのだから、無視するに限る。
「おい、待てよ、杉崎」
「何」
多少のイラつきを覚えつつも、返事をする。
学生ではないのだから、そりの合わないヤツとも、それなりにコミュニケーションをとらなければならないのは、社会人の義務。
そう自分に言い聞かせ、早川を見上げる。
身長差約三十センチは、それだけでも首が痛い。
「――会社、遅れるじゃないの。用があるなら、早く言って」
「あ、いや……」
一瞬、口ごもった早川は、けれど、あたしを見下ろしながら言った。
「――俺が買ってやろうか、靴」
「は?」
早川は、そう言うと、もう一度、念を押すように続けた。
「今日、仕事終わったら、連れて行ってやるよ。俺が使ってるトコ」
「必要無い」
恩着せがましい言い方にカチンとくる。
あたしは、バッサリと断ると、足を進めた。
早川が慌てて追いかけて来る気配を感じ、振り返ると、あせったように続けられた。
「な、何だよ、可愛げ無ぇな」
「アンタに、どうこう言われたくない」
不意に、昨日の、岡くんの言葉が思い浮かび、あたしは眉を寄せながら返した。
――可愛いかったですよ?
免疫の無い言葉は、まだ、あたしの中に居座っている。
「そんな黒の地味なパンプス、どうせ二千九百八十円くらいだろ。すぐ壊れるヤツに、金かけてないで、高くても良いヤツ長く履けば良いと思わねぇの?」
早川の、その言葉は、あたしの地雷を踏んだ。
「そんなの、主観の問題」
あたしは、早川をジロリと、にらみ上げる。
「あたしは、一万五千円の靴を十年履くなら、二千九百八十円を三年持たせた方が良い人間よ。――ちなみに、コレは、八千五百円で五年目」
それだけ言い残すと、あたしは歩くスピードを通常仕様に戻す。
痛みなど、関係ない。
早川の顔など、見たくないだけだ。
後ろで、まだブツブツ言っているけれど、今度こそ、あたしは足を止めなかった。
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