序章 僕が死に至る理由

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序章 僕が死に至る理由

 今思い返せば、僕の結婚生活は最初から突拍子もなかった。 「単刀直入にお伝えしますが、私は顔に大きな傷を負ってしまい、夫であるあなたにでもさらす気はありません。ですので、本来の夫婦としての生活は送ることができなないこと、あらかじめご了承ください」  政略結婚なのだから愛情はないのは仕方がないとしても、まさか仮面をつける相手の顔すら分からないことになるとは思わなかった。  さてどう努力すればいいのかと考えていると、 「私もこの結婚が四回目です。離縁されたければ、あなたに非がない形でまとめます。そして、あなたに思う方がいらっしゃるならば、その方と幸せになってください。私は非難しませんし、離縁の手続きはこちらから行います。それでも離縁することが難しいならば、結婚していることは変わりませんが他の方と幸せになってください。ただ、それはあまり派手にはしないでください。建前は結婚していますから」  さらりと聞き流そうとするにはできない話だった。 「待ってください。それは、夫の浮気を公認しているということですか」 「その通りです。私からは何も非難しませんから、どうぞお好きにということです。ただ、場所はこの家以外でお願いします」  場所とは、また生々しい表現に頭を抱えたくなってきた。 「当たり前でしょう。誰が妻のいる家で浮気なんてするんですか」  ただただありえないと一蹴していた自分が、愚かなことは後日よく分かった。  僕は妻以外の女性に心惹かれてしまい、あろうことか、その恋心を妻に伝えて、止めてほしいと願ったのだ。だが、妻は僕が惹かれた相手以外なら構わないという、なんとも珍妙な答えを出してきたので、勝手に絶望した。  それからも、妻やそれ以外の存在にも翻弄されて、いくつかの謎が解けていっては絡まりあった。  そんな日々を過ごす内、次から次へと何が書かれているか分からない、そんな難解な書物のような妻の存在に、僕はすっかり参ってしまっていた。  正直に言おう。こんなに人を好きになるとは思わなかった。  そして僕は妻の最大の秘密を知る。  まさに僕は家と結婚したのだと。  こうして今死に際に思うことは、自分は妻に本当に愛されているかということだ。  ただ、それは自分が死んでやっと分かるというのが残念だ。  僕が死んだら、妻は五回目の結婚をして、今度こそ誰かに触れられて幸せになるのだろうか。それとも、元通りの生活の中で、才能を生かして雪割の家を率いていくのだろうか。  できるなら、妻の温もりを感じてみたかった。  せっかく死ぬのだから、もっと高尚なことを考えれば良いだろう。けれど、目の前にいる妻を見ていると、どうしたって都合のいいことだけ考えてしまう。  ただ、このままだと僕はただの犬死になる。  涙を流す妻の手に、僕は短刀を握らせた。   傍にはいられないけれど、心に一生残る男になれるなら、それは満足できる理由になれる。そう僕は信じ込みことにしたのだから、その決心を鈍らせないでほしい。 「はやく、あなたの手で殺してください」  こうして雪割文人である僕は、妻の手によって死んだのだ。 
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