余韻

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「やはりあれは、神の声に他ならないっ」  巨大な円卓の一席に座る男は、他の席に座るものたちへ向けて、力強く言い放つ。大国の運営をすべく集められた者達は、誰もが同じ服を着ていた。世界中の人間が着ている物と同じ、簡素な服装だった。 「世界全ての人種が同時に聞き、そして理解出来た。ならばあれは、のちにバベルと呼ばれる地に、かの祖先たちが集っていた頃に使っていた、神のそれを模したとされる共通言語に違いあるまい! 我々は先祖から受け継いだ魂でもって、かの声を理解せしめたのだ!」  興奮冷めやらぬ男の言葉を、誰もが訝し気な目で見つめていたが、一方で、そうでないと言い切れる根拠を持つものはいなかった。別の男が手を挙げ、発言する。 「……あえて否定はしない。だが、他の可能性だってあり得るだろう。例えばそう、宇宙人だ。結局のところ、言語とは我々の感情を他者へ伝えるための手段の一つでしかない。祝福の感動を伝えるならば、ケーキの絵を添えたバースデーカードを送るだけでも事足りる。あれが言語ではなく、そういった、まだ我々が発見し得ぬ未知の感覚を刺激する手段によってもたらされたメッセージである可能性は十分にある」  次に一人の女性が手を挙げる。 「声の主が誰なのか、よりも、あの声の意味は何なのか、を私は知りたいです。神からのものか、宇宙人のものかよりも、『どういう目的で、我々に聞こえているのか』を」  世界の復興は着実に進み、少しずつ、余裕が生まれるようになった。  けれどその余裕を掠め取ろうとする者達はいない。そんな考えは、形になる前に霧散してしまうのだ。  天上から響く声は、当初と比べて頻度が減り、今では週に一度聞こえるかどうか、にまでなっていたが、再び争いの火種が生まれる気配はなかった。声の慈愛は、人々の心に完全に刻まれていた。  だが、それでも疑問は残る。すなわち、この声は何なのか、と。  議論は幾度か行われているが、まだ答えは出ない。そもそも、確認のしようもないのだ。 「それはやはり、争いに勝利した我々への祝福とみるべきだろう」 「であれば当時敗戦国の国民であった者たちにも聞こえた、というのが気になる。あれはどちらかというと、人類全土へ向けたメッセージのように感じた」 「だとすると『おめでとう』の意味が分からない……。あるいは宇宙人からのメッセージであると仮定するなら、『統一おめでとう、次は我々と戦おう』といった挑戦の意味にもとれるのではないか」  そう言った本人は直後、自分でうんざりしたように首を横に振った。他の者達も同様に、誰も、争いになりうる考えには、積極的にはなれなかった。それは議論に対しても同じで、己の意見を打ち立て、他者と対立することを、誰も望まなかった。闘争が終わった後の余韻が、いつまでもいつまでも、人類の心には残っていた。 「……まぁ、いいじゃないか。祝福であれ、挑戦であれ、一つ言えるのは、あの声のおかげで、今私達は一丸となっている。人類は初めて、人類という一つの種に統一出来たのだ。そのことについて、感謝こそすれ、不満を向ける道理はない。もし声の主が現れる時が来たら、目一杯の祝福ともてなしで返そうではないか」  議論の答えにも、進展にもつながらない結論だが、反対するものはいなかった。  争いに繋がらない、平和的な行動であるという、その一点だけで、彼らはこの意見に賛同し、そこから先を考えることはしなかった。  会議は解散となり、それぞれは自分の仕事へ戻る。そのうちの一人……会議を黙って聞いていた男は、今日の業務を終えていて、そのまま帰路についた。その心中は、穏やかな気持ちが大半を占める中、僅かに不安も残っている。 (会議の結論に特に文句はないが、それでもやはり不安はある……。天上の声は、あれは誰が、何のために響かせている物なのだ。おめでとう、と言われているということは、私達はやり遂げた、と思っていいのだろうか……)  否。男は首を振り、あるいは、と思考を巡らせる。 (そもそも、あの声が人類へ向けた物とは限らない。動物達にも届いていた可能性が高い。となれば、あれは我々ではなく、他の動植物に向けたメッセージなのではないか)  しかしそう考えても、やはり「おめでとう」の意味は分からなかった。 (神か、宇宙人か。いずれにせよ、人智を遥かに超えた存在というのは確かだ。だがだとしても、何に対するおめでとう、なのだろう。そしてその声は少しずつ頻度を減らしている。この声が全て消えた時、一体何が起きるのだろう)  結局答えの出ないまま、男は自宅へ辿り着く。  扉を開けると、妻が穏やかな顔で出迎えてくれた。 「おかえりなさい、貴方。ご飯はもう少しかかるから、子供達と一緒に、先にお風呂に入っちゃって」 「あぁ、わかった。居間にいるのかな」  夫婦で居間を覗くと、子供達はテレビゲームに興じていた。一つの国を操作し、世界統一を目指すシミュレーションゲーム。争いの元になるようなのは、男としては出来ればやらせたくなかったが、子供達はこれをやっている時が一番楽しそうなので、今はそっとしておいている。なにより負けても、悔しさにゲームを叩きつけるような癇癪は起こさないのだ。穏やかな感情で、敗北を受け入れ、勝利を喜んでいる。 「おぉい、お風呂に入るぞ。一旦休憩にしなさい」 「あ、大丈夫、丁度今終わったところだから」 「ほら見てよ、世界統一!」  息子達がはしゃぐ声に呆れるように笑いながら、画面を見る。  ゲームクリア、と書かれた画面の中で、ゲームのキャラクターたちが嬉しそうに万歳をしていた。大団円、という奴だろう。子供達は勝利の余韻に浸っている。 「すごいじゃない、おめでとう」 「あぁ、大したもんだよ、おめでとう」  その言葉に、子供達は誇らしげに、嬉しそうに笑う。  その様子に、男は改めて、幸福を感じた。 (あぁ、そうだ。この幸せは、決して我々だけで成し得たものではない。あの声があるからこそ、こうして素直に喜びを表せるんだ)  改めて天の声に感謝し、そして同時に、男は少し別の考察を思いつく。つまり、あの声がそもそも、地球に向けたものではないとしたら。  自分達が理解できる言語であったというだけで、実はあの声は、神、あるいは宇宙人が、別の同位存在に対して、祝福の声をあげているだけなのだとすれば。丁度今のように。  もしかしたら、地球上で起きていた惨劇の数々は、上位存在が行った遊びのようなものなのかもしれない。息子達がやっているように、我々を操作し、ゲームのように、事態を収束させようとしていたのかもしれない。  そう考えても、さして怒りは湧いてこなかった。もしそうだとしたら、人類史は初めから、彼らの遊び道具でしかなかったのだろう。だったらどうした、今更何を怒ることがある。遊び半分で弄ばれるだけの我々かもしれないが、その手を離れればもっと上手くやれる、などという保証はないのだ。だったら最初から、上位の者達に任せればいい。  根拠のない推論に意識を割き過ぎた。自嘲するように笑い、頭を冷やす。いずれにせよ、どうにもできないことを考えるより、手の届く範囲のことを考えるべきだ。  声はここ最近でますますその頻度が減り、今では月に一度聞こえるかどうか。今後更に減り、年に一度か、十年に一度か……やがては聞こえなくなる時が来るだろう。もしそうなったら、我々はどうなるのか。  そう思うと不安は残るが、それでも、どうにかなるさ、と心は安らいでいる。上位存在の玩具であったとするなら、引き続き彼ら、あるいは彼女らは、自分達を上手くコントロールしてくれるだろう。今のように。男はひとまず、そう思っておくことにした。 「……さぁ、お風呂に入るよ、皆準備して」  祝福の声と、クリアの余韻に浸る子供達の肩を軽く叩く。  おめでとう、と手を叩く妻も、息子達の頭を撫でながら、調理へと戻っていった。  はーい、と、息子達は元気に返事をして。  万歳をするキャラクターたちの表示されている画面を消し、ゲームの電源を落とした。
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