余韻

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 何度目かの世界大戦が起きた。複数の国で同時期に起きたいくつもの争いに、様々な国が与し、あるいは巻き込まれる。過去最大とされる勢力争いは、名を知らぬもののいない大国から、地理学者でさえ一度首を捻らねば名が浮かんでこないほどの無名の国まで巻き込み、世界、ないしは地球そのものの覇権すら握らんとするほどの勢いを見せ、地球全土の生き物を震え上がらせた。 「よこせ」と「返せ」の繰り返しの果て、幾多の国が名を変え、無数の民が名も知られぬまま地に伏せる。  声高に叫ばれるいくつもの理念は、外面をそのままに幾度も意味を替え、その度に命を奪い取る。犠牲のない平和を訴える者達は真っ先に命を落とし、犠牲の必要性を説く者達は、決して人柱の列には加わらない。  争いの発端を誰もが忘れ、星の上にある命を燃料に行われた生産なき覇権争いは、最終的に一つの大国が全ての国を吸収することで決着した。  最後まで戦いを続けていた国が声明を出し、降伏を宣言した。誰も不満を唱えない。誰も歓喜を口にしない。頂点から底辺に至る全ての人間は、ただ、疲れ果てた溜息をついた。  自分の中にある感情を、言語化することすら億劫になった人々の頭上に、  ——おめでとう  その声は、翼から零れ落ちる羽根のように降り注いだ。  全世界の人間が突如耳にしたそれは、誰も耳にしたことのない言語であるにも関わらず、全世界の人間が、そう言っていると理解出来た。  ——おめでとう  ——おめでとう  そしてその瞬間の反応からして、人間だけではなく、全ての動物、ひいては植物、菌類に至るまでが、そのメッセージを受け取っている可能性が高かった。男女ともつかぬ、老若も判然とせぬ、天高くから響くように届いてくるその声は、  ——おめでとう  ——本当におめでとう  ——おめでとう……!  得体が知れぬ一方で、どこか、心の底を揺さぶられるような、安堵の感情を、人々に与えていった。  気が付けば、誰もが泣いていた。傷一つない建物の最上階に座る者達も、最も血を流し、最も血を浴び、最も血を見てきた戦士達も、何が起きていたのかすら分からず、音と光から逃げ続けた人々も。  誰もが、その声を聴いて、ようやく理解したのだ。  戦争は、終わったのだと。      唯一の勝者となった大国は、間もなく世界全土の復興に取り掛かった。終戦と勝利の凱旋は必要ない。誰もが、降り注ぐ声によって確信していた。それより優先すべきことは山ほどあった。  国が消え、行くあてのなくなった人々を全て受け入れた。全ての地は大国の物であり、そこに立つ者たちはもれなく、大国の住民となる。  大国は住民達に手を伸ばすことを決めた。資産を持つ者達から没収し、それを均等に配る。焦土と化し、住めなくなった地にいた者たちは、大国へ呼び寄せた。  誰も抵抗はしなかった。これからを生きるための資金を奪われた者達も、生まれ育った地から離れることを余儀なくされた者達も、大人しく従った。これ以上争う元気もなかったし、何より、降り注ぐ声を聴いていると、不思議と心が安らぎ、慈悲、あるいは慈愛と呼ぶべき感情が湧き水のように溢れ、疲弊し、渇ききった心に染み込むのだ。  それに例外はないと、誰もが確信した。だからこそ、大国に全てを委ねると決められたし、大国の上層達自身も、その期待に応えようと心に強く決めた。そう思うとより一層、頭上から降り注ぐ声が、己を浄化していくように感じられた。  誰もが平和を望み、誰もが他者への慈愛を忘れない。  世界が一丸となり、一つの国の成立のために、末端の先までが奔走する。  物資を運び、教育を施し、土地を復興する。衣食住を、誰もが平等に手にし、そしてそれ以上を望まなかった。火事場泥棒のような真似をする者は、一人もいなかった。  争いのない世界を目指せる。誰もが平和を望める。「よこせ」も「返せ」もない、謙虚な国一つがある世界になる。誰もが言葉にするまでもなく確信していた。  天上から降り注ぐ声は、そんな彼らを慈しむように、何日も、何年も、降り注ぎ続けた。
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