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きっかけは甘い声……?
季節は秋。ハロウィンの喧騒を横目に立て込んだ業務をようやく片付けて広瀬透子は疲れた体を引きずるようにして帰宅した。
仕事は小さな雑貨店勤務。日付が変わればクリスマス商戦が始まる。
金ナシ男ナシ、ついでに色気もなし。年齢は三十路に突入したばかり。
そろそろ実家暮らしを抜け出したいと思っていても懐事情は芳しくない。
「ヒロくん、ああ、そこっ……いい……っ!」
なんとも色っぽい声に鼓動が跳ね上がる。
(は、はぁぁっ?)
リビングのドアに手を掛けて――固まった。
えもいわれぬ腹の奥が引き絞られるような切ない気持ちになってしまった。
(……えぇっ?)
「千賀ちゃん、気持ちいい?」
「いい……っ、あっ……もっと上! ……うん、いい」
聞こえてくるのは二人分の声。
ドア一枚を挟んで動揺しているとは思いもしない艶っぽい声の主は――千賀。透子の四歳年上の姉。この春、勤務先の後輩と授かり婚でゴールイン。お相手は江本寛人ことヒロくん。
なんと透子と同級生。同じ年齢でも戸籍上は義理の兄というややこしい関係。
(困った……リビングを通り抜けなければ自室にも逃げ込めない!)
「あー、そこそこ! いい……っ!」
そろそろ臨月ということで里帰り中。夫婦仲睦まじいのは喜ばしいことだが、三日に一度訪ねて来るヒロくんとのラブラブぶりは目の――耳のやり場にも困るほど。
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