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たかしがコタツでノートに向かって、何か書いていた。
顔が真剣である。
「なに書いてんのよ?」
言うなり姉はノートを奪った。
「わっ! なんだよ、返せよ!」
弟は追いかけ、姉は廊下に逃げながら読み上げた。
「なになに、『あなたの歌声は聴く人に、あなたにとって自分は特別な存在だと思わせます。』」
姉は立ち止まって弟をふり向いた。
「あんた、この一文、自分で考えたの?」
「考えて作ってなんかねえよ!
あの人には素直な気持ちを送りたいんだよ!」
「ふおー! ファン極まれりね。」
姉は鼻の穴を広げて鼻の下を伸ばすという、わけのわからない変顔をしながら言った。
「姉ちゃんの無神経!
オバタリアン!」
母がキッチンから笑った。
「オバタリアンなんて、よく知ってるわね。」
「オレ、勉強家なんで。
─── ノート返せよ!」
姉は弟の頭にノートを載せて言った。
「伝わることを祈ってるわ。」
弟はノートを胸に抱え込んで言った。
「やめろ。呪いに変わる気がする。」
「失礼なこと言うんじゃないわよ!」
姉は笑ったが、
「そのセリフ、姉ちゃんも使っていい?」
「誰に?」
「インディーズのロッカー♥️」
「ダメ。流用のおそれが出てくる。」
「ロッカーはそんなことしないわよ、ポリシーってやつがあるもの。」
「気の迷いがねえとは限らないだろ!
万一を考えてお断りします。」
「自画自賛するわねー。」
「人から借りた言葉で気を引こうとする人より百倍マシですーう!」
「ちっ、ちっ!」
姉はなぜかあっさり退いて、自分の部屋に行った。
そして雑記帳を開いた。
自分もファンとしての気持ちを言葉にしてみたくなったからだ。
「姉ちゃーん、英語の辞書貸してー。」
弟がノックした。
「ネエチャン、イソガシイ。」
「なんでカタコト?笑
通じないフリしないで貸してよ。父ちゃんのは大人仕様だから、わけわかんないの。」
「しょーがないな。」
姉は中学生用の和英辞典を手に取ってドアを開けた。
「あんがと。ぎょぎょ!?」
受け取って姉の顔を見た弟は引いた。
姉の目は真っ赤だった。
「ね、姉ちゃん泣いてんの?」
「大人の恋心は、書き出そうとすれば人前にいられなくなるもんなの!
リビングのコタツで書けるあんたがうらやましいわ。」
「まー、オレは男だしねー。
涙こらえながら~書いてます~♪
さよなら~さよなら~辞書ありがとーう♪」
気を利かせたつもりか、歌いながらすぐに去ったたかしであった。
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