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生ケーキ
たかしが朝からキッチンにこもっている。
朝食の後片付けを終えた母を閉め出して、なにやらしている。
1、2時間ほどたった頃、いい匂いがしてきた。チョコレートの匂いだ。
姉がドア越しに声をかけた。
「たかし?
あんた、バレンタインのチョコ作りなら、あたしを頼らない手はないわよ。
なにしろ、小3から毎年新作を作ってんだから。」
すると、たかしは即答した。
「毎年、前年から学んで新作を作る。
それすなわち、毎年フラれているということ。
あなたのアドバイスはいりません。」
「なんだとう!?」
怒る姉の後ろで、母が「確かに!」と爆笑した。
そうこうしている間に、オーブンの切れる音がして、たかしの「できたー!………かな?」という声がした。
しばし沈黙している。
やがて、チョコレート色のカップケーキを皿に載せて、たかしが出てきた。
「お味見を、お願いいたします。」
「ふーん。いい感じにふくらんでるじゃない。」
「そうね、おいしそうだわ。」
「ご試食の際、受け皿を忘れなきよう、お願いします。」
「なんで?」
「一口でわかります。」
姉と母はいぶかりながらもたかしの言うとおりにした。
「うわっ、なに!?」
「半生じゃない!」
トロリと中身が出てきて、二人は受け皿に感謝した。
「フォンダンショコラであります。」
「嘘つけ、中身が粉臭いわよ。」
「冷めてもトロリの新フォンダンショコラでございます。」
母が笑いながら言った。
「わかった、それを研究しているのね。
でも、この粉臭さはいただけないわ~。」
「は~あ、むつかし。
母さん、おれ、お菓子の学校行きたい。」
「新フォンダンショコラ開発の目的によるわね。」
「そっ、それは………言えません。」
誰かのために、オリジナルを作りたい。
そんな、大人への一歩を踏み出しているたかしであった。
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