身長と景色

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身長と景色

 姉が人気アイドルグループのライブ DVD を観てため息をついている。 「にゃんこ谷、やっぱ可愛いなー。  あんなにライト浴びてたら、きっと見える世界も違うんだろうなー。」  ちなみに姉は中1である。 「お母さん!  あたしオーディション受けたい!」 「ええ? まあ、あんたは私に似てるから、容姿に問題はないだろうけど………。売れなかったらどうするのよ。」 「んー、売れなかったら悲しいけど。  でも、がんばった思い出が残るしさ。  青春をアイドル活動に捧げるのもよくない?」  そんなことを話している二人のそばでミカンを食べていたたかしが、おもむろに言った。 「姉ちゃん、身長と景色の話、知ってる?」 「は? なにそれ、知らない。」 「だろうね。オレがいま思いついた話だから。」 「なによそれ。知ってるわけないじゃん。  なんの話?」  たかしはミカンを食べ終えて、手をパンパンはたいてから話し始めた。 「赤ちゃんの身長の時は、母ちゃんにお馬さんしてもらった時の景色に憧れました。  だけど身長が伸びた時、それはただの日常の景色になりました。  姉ちゃんはアイドルに憧れてるけど、本当にアイドルになったとき、今のテンションを保てますか。」 「なによ、意外と真面目な話ね。  アイドル生活が日常になった時……ねえ…。」  姉は想像しているのか、黙り込んだ。  そして言った。 「やめた!  非日常だからこそだわ、たぶん。」  たかしはミカンの皮を丁寧にたたみながらうなずいた。 「そういうもんです。」  母は思った。  うちの子たちは、平々凡々を愛する平和な大人に育つだろう、と。
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