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あとがきに替えて ―― 時代の転換期
ラメセス三世の暗殺を企んだ者たちを裁いた裁判記録は、「後宮陰謀パビルス」として現存する。主要な部分はトリノ・エジプト博物館が所蔵する。
その内容は広く知られているが、果たして王の暗殺は成功していたのかは、長らく不明のままだった。それを確定させたのが、2012年のラメセス三世のミイラの詳細な調査である。
結果は、首に念入りに巻かれた包帯の下に、貫通するほどの傷が残されている、というもの。
王の暗殺は、成功していたのだ。
この王は「最後の偉大な王」とも呼ばれる。
王が単独で大事業を為すほどの権力を持てた時代がここで終わるからだ。
以降の王たちはいずれも短命で、不運から、或いは政治的な理由から、玉座を争いあううちに表舞台から消えてゆく。
これ以降は名前を知られている王がほとんど居ない時代が続き、古代エジプト王国は、もはやかつてのような大帝国として優位に立つことはできなくなっていった。
蛇足とは思いつつ書いておくと、ラメセス三世の生きた紀元前千二百年という時代は、東地中海世界に大きな変革の波が訪れようとしていた時代でもあった。
「大王」ラメセス二世が同盟を結んだヒッタイトの滅亡。
青銅器時代から鉄器時代への、ゆっくりとした移り変わり。
おそらく気候変動や政治不安による難民と思われる、「海の民」の襲撃。
押し寄せた異国人たちの多くは国内に住み着き、王宮内の使用人や役人としても仕えた。実際、「後宮陰謀パビルス」に挙げられている多くの罪人の名は、異国人である。
時代の変化を肌で感じながら生きていたナイルの民に見えていた世界は、どんなものだったのだろうか。ーーそんなことを考えながら、あれこれと想像を交えながら書いてみた。
尚、大元の「後宮陰謀パピルス」に名前の上がっている「罪人」たちは数十人を数える。さすがに全員出せなかったのと、そもそも裁判記録と言いつつほとんど具体的なことが書かれていないので、歴史要素で固めはしたが、おそらく実際の歴史とは全然違う物語に仕上がっていると思う。
また、個人的に、かつて英雄であったラメセス三世が「眠っている間に喉を一突きされた」ことにはしたくなかったので、結末に出来る限りの救いを付け足した。これで冥界におわす鷹に少しでも喜んで貰えれば…という、ささやかな自己満足である。
ちなみに、ラメセス三世のミイラは最近、カイロ博物館からエジプト国立文明博物館へと移設された。謁見の際には、そちらに伺ってほしい。
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今回の物語は、これでおしまいです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
それでは皆さま、
またいつかの時代の、どこかの場所でお会いできることを願って。
播種季 第二月 第二週 九日
間戸 空
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