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第六話 ケリ/消えた亜麻布
この都で、大神殿、といえば、国全体の守り神であるアメン神の御座所のことだ。
王家の守護神であり、神々の祖であり、王の「魂の父」であるともいう大神。都の中心には、歴代の王たちが寄進して増設に増設を重ねてきた、壮麗なる神殿がそびえている。
大の大人が何人も並んでようやく抱きかかえられるほどの太さを持つ、はるかに見上げるほどの大列柱石が立ち並び、神聖文字を隙間なく刻んで彩色した、聖なる空間。常時、百人以上の神官たちが仕え、日々の祭儀が執り行われている。
その大神殿を、ケリは、荷運び番とともに訪れていた。
書簡で希望された交換財の受け渡しのためだ。「白い家」から持ち出したものは亜麻布だから自分ひとりでも足りるほどだったのだが、帰りは香油を受け取る必要がある。そのために、荷運び人のほかに、ロバも一頭、借りてきている。
「ええっと…? 荷物の受け渡しは…。神殿の倉庫って、どこにあるんだろう」
大神殿には何度も来たことがあったが、いつも参拝者用の正面入口から入っていたから、書簡の差出人が何処に居るのかが分からない。
見かねた荷運び人が、笑いながら指をさす。
「あんた、新入りだったっけ? そっちだよ。そこの奥に倉庫がある。倉庫番に、『白い家』から来たと言えばいい」
「…ありがとう」
参拝者たちの列を離れ、ケリは、荷運び人の後について、普段は行ったことのない神殿の脇の倉庫を目指す。祭儀に使う香油や道具類、神官たちの衣食を賄うための食料や生活用品。ありとあらゆる品が、倉庫に積み上げられ、或いは持ち出されてゆく。
「白い家」と似た雰囲気だが、取り扱われている品は、より高価なものが多い。
荷運び人に道を教えられながら、何とか目的の場所にたどり着き、亜麻布と香油を交換して、「白い家」に戻ろうと神殿の入り口まで戻ってきた時だった。
参拝道の入り口の辺りに、何やら人だかりが出来ている。
「ん? …あれは」
護衛に守られ、召使いたちに担ぎ上げられた輿が二つ、しずしずと参道を進んで来る。
「王妃様だ。ティイ様だよ」
見物人が囁き合う声が聞こえてくる。
「まあ、まあ。なんとお美しいこと」
「女はいつだってそうだな。ありゃあ、俺たちの税金で贅沢してるんだぞ」
「あら。王様なんだから、そりゃあ金持ちよ。あんたにも、あたしを少しばかり着飾らせるくらいの甲斐性がありゃあ良かったのよ」
年配の夫婦は、王妃の装いの話をしている。
「王子様だわ! カエムワセト様よ」
「格好いいわあ」
若い娘たちは、後からやって来るカエムワセト王子の方に注目している。
(王妃と王子の参拝か。さすがに、陛下はいらっしゃらない…)
輿が近づいて来ると、皆、道を開けてゆく。ケリも脇に退いて、軽く頭を下げながら見送ろうとした。
「おや?」
だが、王子の輿のほうが、彼の目の前で止まった。
「どこかで見た顔だと思ったが…お前は、『下の国』の宰相のところの養子じゃないのか? 王位更新祭に来ていただろう」
はっとして、ケリは顔を上げた。
カエムワセトの視線が、こちらを見下ろしている。
「いえ、私は甥です。養子にはなっていません」
「そうだったか。噂は聞いているぞ。堅物の兄上に苦い目を見せられた、とか?」
王子の目は、意味深な色を浮かべている。
「いえ…。あれは…私の失態です」
「災難だったな。ま、困ったことがあれば、私のところへ来るといい。少しは力になってやろう」
ぽかん、としているケリの目の前で、ゆっくりと輿が動き出す。
彼は慌てて頭を下げ、貴人たちの行列を見送った。だが、頭の中は疑問符だらけだ。
(僕のことを覚えていただけならともかく――わざわざ声をかけてくるなんて)
周囲の視線を感じながら、彼は、急ぎ足でその場を離れる。
(何故?)
宰相の一人である彼の伯父、ペレムヘブに恩義を売るためか。
それとも、大衆の面前で、下々の者まで気にかけている気前良さを見せつけるためか。
「あんた、王子様に顔を覚えられているなんて、すごいな」
同行の荷運び人が、感心したように言う。
「たまたまだ。それに、どうせ一ヶ月もすれば忘れる。王家の人々ともなれば、毎月、何人もの謁見希望者に会うんだから」
「それでもさ。王子様に会いに行ったことがあるなんて、自慢できるじゃないか。でも――ああ、そうか。あんた確か…左遷、されたんだっけ?」
「……。」
まただ。
ラメセス王子の不興を買って左遷された、という話は、どこから漏れたものやら、今では、「白い家」にいるほとんどの人が知っていることらしいのだ。もしかしたら、都じゅうで噂になっているのではないかと疑うほどに。
(あの演技の時、側にいたのはラメセス陛下の護衛と召使いくらいなのに…。都に戻ってきて、たった数週間でもう噂が広まっている。)
まるで、誰かが故意にその話を広めたかのようだ。
あり得る話だ、とケリは思った。
ペレムヘブかラメセスが、ケリがとつぜん「白い家」に送られたことを誰にも疑われないよう、演技の筋書きを敢えて広めているのかもしれない。王子の怒りが本物でなければ、宰相づきの書記、それも血の繋がった甥が、いきなり下級書記しかいない職場に降格させられることなど、考えにくいのだから。
立ち去りかけた時、人混みの中からひそひそと、気になる話し声が聞こえてきた。
「――やっぱり、ティイ様はカエムワセト王子を後継者にしたがっているのかもね。そのための加護を祈りに来たんでしょう? 貴族連中にも、根回ししているそうじゃない」
「自分の産んだ子だからな。大神殿の神託があれば、いくらラメセス様が優秀でもね」
「寄進の額を積めば神の御心も…って? まさか。そんなことが出来るなら――」
(?!)
思わず足を止め、ケリは、辺りを見回した。
「どうしました」
少し遅れて歩いていた荷運び人が追いついてくる。
「――いや…」
王妃たちを載せた輿が門の向こうへと去り、神殿前の参道には、元通り人がごったえがえすようになっている。
さっきの話し声の主の姿も、もう見えない。
(…確かに、王妃様は元々、それほど信心深い方では無かったはずだ)
振り返り、大神殿の色鮮やかな門を見上げながら、ケリは考え込んだ。
(祭日でも無いし、確かに、着飾ってやって来るほどの日ではない。だとしたら、ティイ様は、何をしにここへ来られたのだろう…?)
浮かんできた微かな疑問に対する答えは考えても見つからず、ケリは、釈然としない思いを抱いたまま帰路についた。
大神殿から「白い家」に戻って来てみると、表門のあたりが何やら騒がしい。周囲を遠巻きに人が取り囲み、その真中で、押し合い、へし合いの大騒ぎになっている。
「一体、これで何度目だと思ってる!」
怒鳴り声が聞こえてくる。
人だかりの後ろから覗き込むと、門番に押し止められながら、血相を変えた十人ばかりの男たちと、少女も入れた数人の女たちが怒鳴り散らしているのが見えた。穏やかではない雰囲気だ。
「いつになったら、約束の物資が届くんだい?! こっちは、明日からのパンを焼く粉だって無いっていうのに!」
「そうよ。赤ん坊だっているのよ、いい加減にして頂戴。」
「責任者を出せ!」
怒鳴っている人々は皆、質素な格好で、都の住人では無さそうだ。武器こそ手にしていないものの、逞しい男に素手でつかみかかられては、門番たちもただでは済まない。
「先に戻っていてくれ」
荷運び人を裏口のほうから帰し、、ケリは、騒ぎの中心へと近づいていった。
「何が起きてるんだ? あんたたち、一体どこから来た」
「おう、てめぇがここの責任者か?」
「いいや。最近、ここで働きだした新入りだ。だが、話くらい聞いてやれる」
「へっ。話にならねぇな。わしらはな、西の谷の、職人村から来たのよ」
「職人…あっ」
ケリも思い出した。確か、暴動を起こして「大王」の葬祭殿で座り込みをしたとかいう、墓づくり職人たちだ。
「今月もまた、あたしたちのお給料が支払われてないのよ!」
赤ん坊を抱いた女が、金切り声を上げる。
「そうよ。約束の半分以下しか持ってこなくて、これで十分だろう、だなんて。ばかにしてるにも程があるわ!」
「麦袋の中身が明らかに少ないのは、お前らが何処かで目方をごまかしているんだろう! お役人どもはぶくぶく肥え太りやがって、わしら庶民が餓えても知らんぷりだ!」
「待ってくれ、落ち着いて…その、調べてはみるが、帳簿上はきちんと支払われているはずだ」
「帳簿上、だと? ふざけるな! 何が帳簿だ!」
「あたしたちが、嘘をついているっていうの?!」
「いや、そこまでは…ただ、これは何の間違いなんだ。詳しく教…」
言い終わらないうちに、興奮した一人の男がケリの胸ぐらを掴み、壁に向かって力一杯突き飛ばした。
ふいのことで、しかも、予想もしていなかった。
突き飛ばされたまま、ケリは、壁のでっぱりに後頭部を思い切りぶつけた。ごつん、と鈍い音がして、目の前に火花が散る。
「あっ」
門番が、慌てて駆け寄ってくる。
「おい貴様ら! 暴力を振るうならただでは済まんぞ。とっ捕まえて牢屋にぶちこんでやる!」
「おうおう、やってみやがれ。俺らが皆いなくなれば、一体だれがお偉いさんの墓の壁を仕上げるんだ、ああん?」
「――誰か! 手を貸して…」
くらくらする頭の上で星がきらめき、周囲の声が遠ざかってゆく。
その後の記憶が無いことからして、どうやら、ケリは気を失ってしまったらしかった。
次に目を覚ました時、ケリは、冷たい布を頭に押し当てられながら寝台の上にいた。
目の前には、母の心配そうな顔がある。
「ああ、良かった。目を覚ましたね」
「…ここは、家?」
「そうだよ。職場の人たちが、ここまで運んでくれたんだよ」
起き上がろうとすると、後頭部がずきりと痛む。触れてみると、握りこぶしほどの見事なたんこぶが出来ている。
窓の外はもう、薄暗い。ずいぶん長いこと目を回していたようだった。
「倉庫の入り口で、暴動に巻き込まれたって聞いたけど。」
「うん…。いきなりだったから、びっくりした」
「そう。最近、都も物騒なところがあるからね」
ケリの母は、油に浸した灯心に燭台に火を移しながら言った。
「危ないことはしないでおくれよ。母さん、明日、神殿にお参りに行ってくるからね。弟のところの仕事を解任されただけじゃなく、こんなことにも巻き込まれてしまうなんて、本当に、お前の運は一体どこにいっちまったんだろうね。」
「……。」
「さ、食欲があるなら、下に降りてきて夕食にしましょう。」
痛む瘤をさすりながら、ケリは、一つ溜息をついた。
(母さんに余計な心配かけちゃったな。少しは体も鍛えないと。この程度でひっくり返るなんて、情けない…。)
それに、また人の口の端にのぼる不名誉な噂が増えてしまった。
”王子の不興を買い、左遷された宰相の甥が、墓づくり職人の暴動に巻き込まれて殴り倒され気絶した”。
(でも、彼らは――本当に、切羽詰まっているようだった。嘘を言っている風にも見えなかった)
約束されただけの食料が、送られて来ないのだと言っていた。牢屋にぶちこむと脅しても、決して食い下がらなかったほどだ。
葬祭殿の座り込みだけではない。今までにも、抗議活動は何度も起きていた。給料の支払いが遅れたり、支払われなかったり――どこかで、帳簿上は支払われているはずの給料が消えている。
それは、ケリが「白い家」で調べるべきことの一つでもあった。
(もう一度、帳簿を確認してみよう。それから、彼らにも話を聞いてみなければ)
木戸の隙間から入って来た風に灯りが揺れる。微かな、土の匂いがする。
夏が近いのだ。
――夏の終りに開かれる「谷の大祭」までは、もう、あと数ヶ月ほどになっていた。
翌日、ケリは傷が痛むからという理由で休みをとり、川の対岸にある職人村を訪れていた。
都の西にある谷の奥には、歴代の王たちや王族、貴族たちの墓所がある。墓所の入り口にある職人村には、その墓所を作るために必要な技術を持つ、ありとあらゆる職人たちが控えている。墓穴を堀り、内側を神殿のように彩り整える者たち。内に収める棺や、来世のために必要な護符を作る者たち。或いは、呪文書の中から依頼主に注文された部分を切り出して書写する職人たち――。そして、死者の肉体を”聖なるもの”へと変える、不滅の技を持つ職人たちもいる。
彼らは代々、その技術を受け継いできた、他に替えようのない者たちだ。
従来であれば、生活は王家によって手厚く保護されていたはずだ。それが何故、困窮を訴えるまでになったのか、ケリは、直接、村人たちに聞いて確認しようと思ったのだった。
歩いているうちに、川べりから続く畑が途切れ、大地は赤茶けた荒野の色に変わった。
切り立った西の谷が両脇から迫ってくる頃、ようやく行く手に、谷の奥にぴったりと張り付くようにしてひしめき合う家々が見えてきた。
それが、職人村だ。
ケリが近づいていくと、入り口にいた犬が警戒するように吠え立てた。村人たちが怪訝そうな顔をして、見慣れぬよそ者を見つめている。
「こんにちは。昨日、『白い家』に抗議に来てた人たちは戻ってきてますか?」
「何だい、あんたは」
「ええと――その。少し、話を聞きたくて」
「話だって?」
赤ん坊を抱いた大柄な女性が、肩をいからせながら現れる。見覚えのある顔だ。確か昨日、門番相手にがなり立てていた人だ。
彼女は、じろりとケリを見下ろした。
「殴り倒されておいて、一人ぽっちでやって来たのかい。仕返しに、護衛でも連れてやって来るならまだしもさ」
「まさか。昨日のことは、不運だっただけだ。それより、何が起きているのか教えて欲しいんだよ」
「あんた、宰相の甥っ子だって聞いたぞ」
別の家から、ひょろりとした白いひげの男も現れる。これも、昨日見た顔だ。
「そんなお坊ちゃまが何しに来た。えっ? わしらに飯も寄越さんお偉いさんが、あざ笑いに来たのかね」
「まさか――」慌てて、ケリは言葉を継ぐ。「誤解されても困るんですけど、僕の伯父さんは『下の国』の宰相なんです。管轄は『赤い家』のほうですよ。『白い家』で何が起きてるのかなんて、分かりません。」
「ふん、そうかい。それで? あたしらから話を聞いて、どうしようってんだい」
「話の内容次第ですよ。お給料が滞っているって、一体、いつからなんですか? 全く届かないんですか」
「もう何年も前からだよ。だんだん酷くなってる。このところは、数ヶ月も支払われないなんて当たり前」
村の入口での騒ぎを聞きつけて、あちこちから人が集まってくる。ケリを殴り倒したあの、いかつい男も、少女もいる。どうやら、あれだけ騒ぎを起こしておきながら、抗議に行った村人たちは、誰ひとり牢屋に入れられることもなく、無事に戻って来られたようだった。
「食べていけないのに、あたしたち、他所に仕事に行くことも出来ないのよ。王様が年寄りで、いつ冥界に呼ばれてもおかしくないからって、準備の手は止めるなって言われてる」
棘のある口調で言い、少女は、黒い瞳でケリをにらみつける。
「ここで黙って飢え死になんてごめんだよ。あんたが、どうにかしてくれるっていうの?」
「…給与の支払日は、毎月?」
「ええ。月初めの日に」
「誰が持ってくるんだ」
「倉庫の荷運び人よ、多分。毎回、来る人は違う」
「そいつらに話しても時間の無駄だ。自分らは言われたとおり物を運んでるだけだから、とか言ってな」
いかつい男が、太い腕を組む。
「だから、俺らは倉庫まで直接、行った。追い返されたがな」
「ありがとう…十分だ」
ケリは、不審を抱く目で見つめている村人たちを見回し、頷いた。
「調べてみるよ。何が起きているのか」
「……。」
誰も、何も言わない。期待の言葉は勿論、嫌味も、諦めも。ケリに、何かが出来るとは思っていないのだ。こんな辺鄙な所まで、たった一人でやって来た”お坊ちゃま”の真意を、彼らは、計りかねているようだった。
ただ、それは、ケリ自身ですら同じなのだった。。
――果たしてこれが、自分に言いつけられた任務に役に立つことかどうかさえ、分からない。
はっきりしていることは、「白い家」から払い出されたはずの物資が、彼らに届く前に消えているということ。
(御料地から届いた物資は、船から降ろされたあと、倉庫に入る前に消えた。…なら、払い出す分はどこで消えた?)
都へ戻る道すがら、彼は考え込んでいた。
(帳簿には問題が無い…だとすれば、払い出された量は適正なはず。倉庫から運び出された後に消えた? 倉庫には、荷運び人が何人もいる。誰がどの仕事を依頼されたかなんて、全部知ってるわけがない。毎月、別々の荷運び人を使えば、月ごとに量が違うなんて気づかれない…。でも、荷運び人に指示を出せるのは…)
川を渡り、大通りに入る手前の十字路で、ケリはぴたりと足を留めた。
真っ直ぐに行けば大通りに出る。だが、港のほうへゆけば、「白い家」の前に通じる道に出る。
このまま家に戻る気にはなれなかった。今日は休みを取っていることになっているが、近くまで行ったところで誰も怪しまないだろう。
川べりには今日も、あちこちからやって来た船が停泊している。港前の通りはいつも賑やかで、人通りも多い。
(…あれ?)
ふと、ケリは、港の端に立つヘルマイの姿に気づいて足を止めた。船の前で、誰かと話をしている。
相手は、やけに身なりのいい男だ。格好からして、どこかの役人か――ずいぶん贅沢な装身具を身に着けて、お供まで引き連れているところからして、質素倹約を心がける「下の国」の宰相の部下では無いだろう。それに、書記でも無さそうだ。
(あれは多分、王宮の執事だ。でなければ、あんなに着飾って昼間から出歩くはずもない)
執事たちは、王族の側に仕え、王宮の中での万事を取り仕切る。王や王妃の衣食住の手配も、行幸や儀礼の際の段取りも、全ては彼らに任されている。必要があれば、王家の財産から物資を引き出すことも許されている。
だから、御料地の倉庫長であるヘルマイと話しているのは、何ら不思議なことではないのだ。
何か必要があって、必要な物資を送るように言いつけているのに違いない。なのに、…何かが引っかかる。
しばらく二人の様子を見つめていたケリは、ふいに気づいた。
(上質な亜麻布だ)
談笑している二人の足元に積まれている物資の中に、足りないと言われていた、真っ白できめ細かな薄い亜麻布の束がある。
「――では、これで」
「ええ。どうぞ、よしなに」
話が終わり、執事は自分の荷運び人たちに指示を出し、ヘルマイのほうも、職場のほうに向かって、つまりケリの見ている方に向かって、ぶらぶらと引き上げて来る。
ケリは、慌てて物陰に身を隠した。
何もやましいことなど無いはずなのに、自分でも、どうしてそんなことをしているのか良くわからなかった。ただ、見てはならないものを見てしまったような、――何かを知ってしまったような、そんな気がしていた。
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