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クリームソーダ(4)
アイスを口に運んだ瞬間、私は幸せに包まれた。優しくて懐かしく、それでいてすっきりとした後味。小さい頃、おじいちゃんの家で食べた青い容器のカップアイスを思い出す。
「美味しい!」
クリームソーダは最高だった。
メロンソーダとアイスの比率は、常に七対三がいい。これを崩さずに食べきるのが私の矜持だ。この件で、つき合っていた彼氏ともめたことがある。その彼はアイスを先に全部食べ切ってしまうタイプだった。
それならば単品で頼むべきではないかと言うと「俺はクリームソーダが食べたいんだ」と返ってきた。特にこだわりはないと解釈し、安心してアイスを崩し始めると、なぜか怒り出してしまった。
……美味しいクリームソーダの思い出は、今日のものに上書きしよう。
「うまそうに食べるんだな」
山野井先生はまだこちらを見ている。そうとは知らず、つい大口でアイスを頬張ってしまった。恥ずかしくて、思わずスプーンの動きを止める。
「別にいいだろ、誰もいないし。食べっぷりがいいのは、ちゃんと味わってる証拠だぞ」
「どうして私の考えてることがわかるんですか?」
「君はすごくわかりやすい。わかりにくい人よりずっといい」
笑顔の山野井先生を見ていたら、なんだかどきどきしてしまった。
「マスター、クリームソーダすごく美味しいです」
「そっか、良かった」
マスターの笑顔もすごく素敵だ。私はとけ始めたアイスの解体作業を進めた。七対三、七対三。容器の中をさまよっているさくらんぼを取り、口に運ぶ。
「お、美味しい!」
さくらんぼ特有の上品な香りのあと、果肉の優しい食感が広がる。
「『やっぱりさくらんぼ好きだな~、今度思い切って買ってみようかな』」
山野井先生の裏声が、私の心を代弁した。
「私、そんな顔してました?」
「してたぞ」
自分の顔が、さくらんぼみたいに赤くなっていくのがわかる。
「ちょっと奮発しないといけませんけどね」
「また食べにきて下さい」
マスターが優しく呟いた。
「ありがとうございます。何度でもきます」
「うげっ。もうこなくていいぞ、ここは俺の憩いの場所なんだから」
「迷惑ですか?」
「……迷惑ってほどではないけどな」
コーヒーカップを手にしながら、山野井先生がカウンターを見やる。どうやら、嫌われてはいないらしい。喜びがじんわりと胸に広がっていく。
……ん?
私、今どう感じた?
さくらんぼみたいに目の前をふよふよ漂っている、ぼんやりとした感情。これはまさか……。
「アイスとけるぞ」
山野井先生の声で、我に返った。七対三が六対四になりつつある。私は急いでアイスをスプーンでつついた。この気持ちの意味を考えるために、山野井先生との出会いを思い返しながら。
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