そば(2)

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そば(2)

「そんなガチ中のガチがお隣さんか……引っ越そうかな」 「えー、なんでですか!」 「俺、あの頃の作品好きじゃないんだよね」 「そうなんですか? 私はすごく好きです」 「離婚してんの、俺。あの頃の作品はほぼノンフィクションで、元嫁さんが主人公のモデルになってるから」  なんだかとてつもないカミングアウトをされたような気がする。 「ちょっと待って下さい。事実整理しますから、一分だけ時間を下さい」  私が大好きな小説が実は山野井先生の現実で、主人公のモデルは元奥さん。つまり、あの素敵な話は全部本当に起こった出来事で……。 「自分をモデルにしてる作品もありますか?」 「半分くらいあるかな」  山野井先生がモデルになっているということは、あの作品のあの人や私が推しているあの人も……。 「山野井先生」 「なんだ?」 「すごいです! 先生の人生って奇跡の連続なんですね」  ガッツポーズでそう告げると、山野井先生は私を凝視したままフリーズした。 「山野井先生?」 「ははははは! そりゃあ傑作な台詞だな」 「へ?」  山野井先生は大口を開けて笑っている。そんなに面白いことを言っただろうか? 「自分が売れたくて、俺の足を引っ張ろうとするやつ。俺と作品の登場人物を重ねて、アイドルか何かみたいに崇めるやつ。あてずっぽうな批評で作品をおとしめるやつ。スレッドに毎日毎日悪口を書き込むやつ。そんな人ばかりが集まってた」  顔は笑っているのに、山野井先生の目は寂しそうだ。 「崇めてはいないですけど、私も先生のことアイドルっていうか、推しだと思ってますよ」 「正直に言っちゃうところが好感度高いんだって」 「好感度が高い?」 「そうそう。人を貶める人間は嘘ばかり吐く。嘘に嘘を重ねて、どれが本当なのかわからなくなるんだ。君はなるべく嘘つきたくないタイプだろ?」 「皆、そうじゃないんですか?」 「そういうところな。うん、いいな、君」  山野井先生にそう言われてしまうと、なんだか嬉しい。 「どうして無料の小説サイトに移ったんですか?」 「どうしてもここに住みたかったから」 「そのために?」 「元々あそこは都会すぎたんだ、俺には。生まれはこっちだしな。雑音ばかりに気を取られて、純粋なものに目をやれなくなった。スランプが続いた俺は小説家をやめるしかなくなって、元嫁さんはこっちにくるのをどうしても嫌がり、離婚が成立」  小説にまで書き残したくなるほどの恋愛が、移住するという人生の節目で決別の道に進んでしまうとは意外だった。 「離れていても夫婦でいることはできる、って顔してるな」 「……正直に言えばそう思います。それではダメだったんですか?」 「元嫁さんは都会生まれ、都会育ち。徒歩十分以内にコンビニがない場所はダメなんだ」  山野井先生が遠くを眺めながら言う。 「何か理由があるんですね?」 「それはまあ、あとでな。どうせこれから顔を合わせるわけだし」
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