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クリームソーダ(1)
お洒落な喫茶店に入るのは、大人になっても緊張する。
私は特別コーヒーが好きだとか、スイーツにこだわりがあるというわけでもないので尚更だ。近所にあるそのお店は、壁は真っ白で屋根は紫色。建物自体はかなり古いのだが、とても大切にメンテナンスされているように見える。
小学生の頃にはすでに存在していたそのお店に、なぜ突然行きたくなったのかはわからない。ただなんとなく、今なら入ってもいいのではないかと思えたのだ。最近良くないことばかり起きて、ストレスはMAX状態。失恋の傷は癒えず、仕事ではミスをして迷惑をかけ、今朝は母親とも口論になった。
入口のドアは木製で、カカオが濃いチョコレートのような色をしている。「OPEN」と書かれたプレートはつまり、開店しているということだろう。
一度深呼吸をしてから、そのドアに手をかけた。バッグの中には財布とスマホが入っているし、なんなら免許証もある。服装も、ラフすぎないようにジャケットを羽織ってきた。雪はかなり融けてしまったけど、まだまだ日陰には冬の残骸があった。パンプスが汚れていないかを一瞬で目視する。
全チェック項目を確認。大丈夫、このお店に入る資格はあるはず。ドアを開けると、
「いらっしゃいませ」
黒いエプロンをしたイケメン男性がカウンターの中にいた。おそらく、マスターだろう。年齢は私より上に見える。声が吹き替え声優さんのように渋くて、どきりとしてしまった。
奥のカウンターに椅子がいくつか並び、テーブルが三卓置かれている。私は二人がけ用のテーブルについた。どうやら先客はいないようだ。店内はほど良い明るさになっていて、照明が蛍のようにぼんやりとしている。テーブルも椅子もレトロなものだが、全てぴかぴかだ。私の少ない知識を総動員すると「純喫茶」という言葉にふさわしいお店なのではないだろうか。
マスターがこちらへ歩いてきた。お盆にはお水とおしぼりが乗っている。私は注文を考えていなかったことに気がつき、すぐにメニュー表を開いた。
「ありがとうございます」
「決まったらお呼び下さい」
やはりとても素敵な声だ。声優さんに詳しくない私でも「イケボ」という単語くらいは知っている。
たくさん種類があるコーヒーや紅茶の他に、ソフトドリンクやココア、ミルクもある。クリームソーダやパフェ、トーストやサンドイッチ、パスタなども魅力的だ。こんなにメニューが豊富ならランチを注文すれば良かった。朝食を遅くとったことが悔やまれる。
初めてきたお客としては、やはりコーヒーを頼むべきだろうか。いきなりクリームソーダを頼むのは失礼だろうか。
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