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「あげる」
斜め向かいに座る冴島さんは私より一つ年下だが、就職した年が同じだったこともあり会社では唯一気の知れた存在だ。
前はよく佐藤さんという同い年の女性と冴島さんと私の三人で残業後に飲みに行っては会社の愚痴を言い合ってストレス発散していたが、二年前に佐藤さんが退職し、同時期に冴島さんに彼女ができてからはそんな付き合いも自然となくなった。
あの時はほんの少し置いて行かれた感があって侘しかったが、今では過去の思い出。
「苦いから好きじゃないのに」
折角のご厚意にこうやって嫌味で返してしまっても、冴島さんは笑っていてくれるのを私は知っている。
「千回噛むと甘さ感じるから」
「千回噛む前に溶けるよ」
「いいからやってみてって」
「え、やだよ千回なんてガムじゃないんだから」
「騙されたと思って」
「えー、なにそれ意味がわからない」
と、どこに終わりがあるかわからない会話をしていると、「おい早瀬!呑気に喋ってんじゃねーぞっ!」とブチ切れ鬼上司に叱られた。
すぐに入力作業に戻ったが、いくら冴島さんの成績が良いからって私だけ叱るなんて不平等だ!と鬱憤を脳内で爆発させ、ついでに上司の髪をぶち抜き、三本だけ残してやるという妄想をしておいた。
結局鬼上司の機嫌はなかなか直らなかったし、私も奴が怖くて生きた心地がしなかったし、土曜日もお昼まで出勤し労働していた。
だが、そんなことはもうどうでもいい。
私には京介お兄さんが待っている!
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